2016年夏 コディアック


ここのところずっとシルバーサーモン狙いで9月のコディアックに出かけていたが、今年はキングサーモンを狙って7月に出かけることにした。かつてはキングサーモン狙いで6月にキーナイなどに出かけていたが、シルバーサーモン釣りの魅力を知ってからはずっとコディアックを9月に訪れていた。

コディアックでは6月になると、一部の川で岸からキングサーモンを釣ることかできる。キーナイ川などに較べて型は小さいが、岸から手軽に釣れるのは大きな魅力だ。6月末で仕事を一段落させ、7月1日から出かけてきた。

7月1日 金曜日 曇時々雨

シアトル、アンカレッジでの乗り換えは順調に済み、コディアックにはほぼ予定通りの午後4時半頃に到着した。パジェットでレンタカーを借り出そうとしたのだが、どうも予約が確認できないようだった。もちろんかなり前に予約は入れていたのだが、トラベロシティというWeb経由なのであてにならなかったようだ。係の人は別の車を手配してくれて、予約していた車より大きな車を安い値段で貸してくれた。

宿泊先のシェリコッフロッジはコディアックで最初に泊まった宿で、久しぶりの宿泊だった。荷物を部屋に運んでから、すぐに滞在中の食糧の買い出しに出かけた。


ガイドの大木さんと午後7時にいつもの中華料理店で落ち合う。店は模様替えされていて、2階の営業は止めていた。私は明日の早朝からの釣りだと思っていたら、大木さんが今夜の11時に出発しようという提案があった。コディアックでキングサーモンが釣れるのは、アメリカンリバー、オルズリバー、パサギシャクリバーなどだが、パサギシャクリバーは遡上数が少ないので7月1日から禁漁になっていた。

我々が目指すのはオルズリバーだが、ダウンタウンからは車で1時間かかる。またキングサーモンは潮回りに敏感なので、潮回りと夜明けの時間を考えると午前4時頃に釣りを開始するのが適当だった。少し寝てから出かけるよりも、先乗りして現地で仮眠した方がいいだろうということで今夜の11時に出発することになった。

午後11時でもこの時期はまだ明るい。現地には午前0時に到着したが、川はまだ薄明るかった。驚いたことに河原には車が6台も止まっていて、焚き火をしながらパーティーの真っ最中だった。7月4日はアメリカの独立記念日、土日を加えれば3連休になる。これでは飲まないわけにはいかないだろう。しかし、彼らは釣り場としてこの川のベストプレースに居座っているので、我々は仕方なく少し下流の方に車を止めた。

まだ川面が見える状態だったので、少しの間釣りをしてみることにした。筋子の塊を餌にして、ウキをセットしてからキャストする。さきほどのポイントほどではないが、ここも深みがあってよさそうな場所なのだがアタリはこなかった。早々に切り上げて、暫し仮眠を取ることにした。

7月2日 土曜日 曇り

午前3時過ぎに目覚める。釣り支度を整えて4時から釣りを開始した。大木さんの話ではキングサーモンは餌釣りがベストだが、海から川に入ったばかりの時なら餌を積極的に追うのだがやがて、餌にもルアーにも反応しなくなるということだった。下げ潮の最盛期で薄明かりの中という最高の条件の中でキャストを開始した。河原にはルピナスの花が咲き乱れていた。


流れがあまりないので、今回はウキ釣り仕掛けだ。ウキがゆっくり流れていくのを見ていたが、魚からの反応は全くなかった。少しずつ下流に移動しながら2回ほど場所を変えてみたが、一度ドリーバーデンが釣れただけだった。何人かの釣り人と行き交ったので話しを聞いてみたが、誰も釣れていないようだった。河口に移動する。河口は車で5,6分の所で、すでに何人かの釣り人がルアーをキャストしていた。


筋子の塊を付けてキャストを開始した。対岸の深みが絶好のポイントになっているのだが、ウキを一気に水中に引き込んでくれたのは沼カレイだけだった。周りではほとんどの釣り人がルアーをキャストしていたが、釣れている人は一人もいなかった。


12時を過ぎたので、近くにあるオルズリバー・インで昼食を取ることにした。昨年訪れたときは火事のために営業を休止していたが、すでに修繕を済ませ営業を再開していた。修繕費が加算されたのか昨年より値上がりしていると大木さんが言っていた。ハンバーガーとチャウダースープで満腹になる。


昼食後、再び河口に戻る。相変わらずアタリはこない。私達の少し下流に女性が入り、ルアーを投げ始めた。投げる度に色々な方向にルアーが飛んで行ってしまう有様だったが、やがて竿が満月のように曲がるのが見えた。彼女は強い引きに耐えながらリールを巻き続け、やがて大きなキングサーモンが上がてしまったのだ。ビギナーズラックとは言え、その幸運がうらやましい。暫くして彼女の隣の男性にも1尾ヒットした。辺りで釣れている人は誰もいなかったので、今日遡上したキングサーモンはこの2尾だけだったのだろうか。午後4時半に紊竿した。

7月3日 日曜日 晴れ

今日は海釣りの日だ。早々に朝食を済ませ、午前7時半に桟橋に行く。今回乗船するのは、一昨年までお世話になっていた U-Rascal だ。同船者はコロラドから来ている夫婦、オハイオから来ている男性、アラスカのバロウから来ているカップルと地元の夫婦の4人組に私を加えた8人だ。船は定刻の8時に港を出船した。


まずは航程20分ほどの近場でジギングを開始する。狙いはロックフィッシュ(根魚;黒ソイ)だ。水深30~50メートルくらいの所を150グラムほどのジグで魚を誘う。船長のポイント選定が良かったので、船中のあちらこちらで40センチから50センチのロックフィッシュが上がり始める。定数は一人5尾だが、たちまち定数に達した。他にリングコッドやイエローアイなども釣れていた。

船はここから島の北側に全速力で走り、ハリバットが釣れるポイントに向かった。船は航程1時間ほどでポイントに到着した。島の北側の山々にはまだ雪が残っていた。コディアックで雪を見たのはこれが初めてだった。


1尾のニシンを半分に切り、これを大きなフックに刺して海中に投下する。後は魚が食いついて食い込むのを待つばかりだ。釣り始めてまもなく、船の近くを鯨が泳いでいるのが見えた。ザトウクジラだと思うが遠いのでよく分からない。釣り人がクジラの方ばかり注目するので、船長に竿先の動きを注目するようにと注意される。やがてポツポツとアタリが出始め、良型のハリバットが上がり始めた。10キロ前後のハリバットがほとんどのようだった。


ハリバットの定数は一人2尾だが、全員の定数が近くなってきたので船長は場所を大きく移動してキングサーモンのトローリングを始めた。スプーンをダウンリガーで沈め、タナを15メートルくらいにキープしながら船をゆっくり走らせる。やがてロッドが大きく曲がり、キングのヒットを告げた。2本の竿でトローリングをしてどちらかにヒットすれば、もう1本の竿は素早く片付ける。リールを巻いて取り込むのは順番だ。私は最初に手を挙げて、1番目のキングサーモンを釣り上げた。


今回二人の助手が乗り込んでいたが、そのうちの一人はレベッカで前に一度同船したことがあった。手際よく仕掛けをセットしたり、魚を素早く取り込んだりと乗船者の面倒を見ている。2尾目のキングサーモンは年配の女性が釣り上げた。この後もう1尾きて、結局船中で3尾のキングサーモンという釣果になった。


この辺りはキングサーモンの好漁場らしく、周囲には数隻の釣り船が集まっていた。そのサーモンを狙ってアザラシも来ており、私達の船のすぐ近くを泳いでいた。ものすごい勢いで泳ぐサーモンを捕まえてしまうアザラシの泳力には感心させられる。この後、場所を移動して再びハリバットを狙った。


午後3時半、港に戻る途中で最後のトローリングを行った。暫くして竿が大きく曲がり、ヒットを告げる。竿を握ったのはアラスカ最北の地バロウから来ている人で、かなり強い引きに耐えていた。しかし、リールはなかなか巻けず魚はなかなか上がってこない。彼はこれはサーモンではないと言っている。何とか水面まで魚を寄せてくると、それは何とハリバットだった。サーモンのトローリングでハリバットが釣れてしまった。しかもかなりの大型だった。なぜトローリングでハリバットが釣れたのか、彼も周りの人も驚くばかりだった。


全員が定数を達成し、船は午後5時に港に戻った。途中で水産加工会社の桟橋に寄って魚の処理を依頼する。私も今回はここで処理をお願いした。後日、大木さんが取りに行くことになっていた。一日中天気が良くて波もほとんどなかったので、快適な海釣りを楽しむことができた。7月と8月は国内はもとより海外からも大勢の釣り客がやってきて、コディアックの釣り船はどこも満員になるということだ。そのため、年々船賃が上がっていくのは困りものだが。


7月4日&5日 月&火曜日 曇り時々雨

キングサーモン釣りは潮回りが重要なので、必ずしも早朝にこだわる必要がない。今日は満潮が午後3時過ぎで午前8時頃から上げ潮に入る。10時過ぎからが満潮にかけてが良さそうだったので、8時にゆっくり起床した。朝食を済ませてからオルズリバーに向かった。河口には9時半に到着し、ゆっくりと支度をしながら10時半に釣りを開始した。今日は独立記念日なので釣り場は混んでいるかと思いきや、河原に釣り人は一人もいなかった。河口の少し沖合にポントゥーン(一人乗りのゴムボート)に乗った釣り人が一人いるだけだった。


あまり期待の持てない状況だったが、とりあえず釣りを開始した。キャスティングロッドにスピニングリール、PEラインには5号のリーダーがついていて、使うルアーはピクシィーにした。潮は上げている最中だったが、河口周辺をどこでも歩くことができた。海側で暫くキャストしたが、魚のバイトは全くなかった。海から河口へと移動しながらキャストを続けたが、依然として何のバイトもない。

右下の写真には岸辺に川に向かって溝が掘ってあるのが写っている。これはこの先に竿が沈んでいることを示す目印だ。実はここでキャストをしているうちに、竿の1番と2番が外れて川の中に飛んでいってしまったのだ。緩んでいた2番と3番の継ぎ目のところから外れたのだが、こういう場合にラインにつながれたルアーの所で引っかかって止まるのが普通だ。しかし、竿の飛んでいく弾みでPEラインとリーダーの結び目が解けてしまって、押さえるものがなくなってしまったのだった。結び目が緩んでいたのは知っていたが、放っておいた私のいい加減さが原因だった。


竿を探そうと川の中に入ってみたが、既に潮はだいぶ上がってきていて腰の深さまできていた。潮が引けば探せるかもしれないので、取りあえず目印を河原に残すことにした。しかし、これでルアーは使えなくなってしまった。幸いにフライロッドを持参していたので、上流に移動してフライで釣りを続けることにした。河口はほとんど貸し切り状態だったのでルアーで暫く粘りたかったが、道具がなくては戦えない。後ろ髪を引かれる思いで河口を後にした。


一昨日と同じ橋の下流のポイントに入った。シルバーサーモン釣りで実績のあるビーズフィッシングでキングサーモンを狙う。シルバーでは直径8ミリのビーズを使用するが、今回キングということで10ミリと12ミリのビーズを用意してきた。10ミリのビーズをペグでティペットに固定し、ティペットの先には環付きチヌの5号を結んだ。

期待を込めてキャストを繰り返したが、やはり魚からの反応は全くない。流し方を変えたりオモリを付けて流す深さを変えたりしたが、結局何の効果もなかった。橋の上流まで足を伸ばしてみたが、やはり魚からの反応はなかった。午後3時半、紊竿した。

宿に戻る途中でバスキンレイクを見に寄った。湖の吐き出し口には簗(やな)が設置されていて、ここで遡上してくるソックアイサーモン(紅鮭)の数をカウントしている。遡上数が多ければ制限尾数を増やしたり、少なければ禁漁ということになる。簗(やな)の下流側にはフィリピン人の引っかけ釣りを逃れてきたたくさんのソックアイサーモンが群れていた。


セーフウェイで夕食と明日の朝食を購入する。大木さんとの事前の打ち合わせで、明日はソルタリークリークでソックアイサーモンを狙うことになっていた。ソルタリークリークへは片道約3時間かかる。そのため明日の早朝出発では釣り場に着くのが遅くなってしまい、現地での釣りの時間が十分に確保できないことから今日のうちに出発しようということになっていた。


午後6時に大木さんが迎えに来てくれた。ソルタリークリークへはダウンタウンから1時間ほどのアメリカンリバーに行き、そこから川沿いの道を2時間ほど走る。この道は ATV Trail と言われ距離は20数キロくらいしかないが、車幅あるかないかの未舗装の砂利道や泥道、河原の中などを走らなくてはならない。2012年に一度訪れていたが、その時は4人乗りのバギーだった。今回は大型の四輪駆動車だ。

砂利道には大きな水だまりが随所に有り、道の両側は灌木が密集していて道路にまで枝を広げていた。水しぶきを上げ灌木を押し分けながら、川沿いの道を突き進んでいった。


今日は独立記念日で祝日なので、既に大勢の釣り人がソルタリークリークに入っていたのだろう。川から戻ってくるバギーと何度もすれ違った。その度に道の様子や釣りの状況を聞いてみたが、異口同音に「釣りは好調、道はタフ。《という答えが返ってきた。こちらの車を見て、この車でよくきたなぁと思っているような少し驚いている様子が窺われた。



約2時間近くとても道とは思えないような道を走り、いよいよ最大の難関である大きな水たまりの所までやってきた。ここから川までは10分くらいだ。大きな泥の水たまりで、水深や水面下の様子が分からない。車が泥に捕まって動けなくなっては困るので、大木さんは車から降りて泥水に入り、水の中の様子を調べた。さらに水たまりの周囲を見て歩き、どこか通りやすい場所はないか慎重に調べた。

水たまりの左側のブッシュの中に車の轍を見つけたので、泥水を避けてそちらを通ることにした。しかし、草地は予想以上に深い泥に覆われていて、車はたちまち動けなくなってしまった。タイヤが半分近く泥の中に埋まってしまい、四輪駆動をフル稼働させても車は全く動けなくなってしまった。


時間は午後10時近くになっていたが、この時期のアラスカは午前0時頃までは暗くならない。タイヤの周りをスコップで掘りタイヤの下に石を詰めたりして何とか脱出を試みたが、車の腹が地面に着いてしまっているのでびくともしなかった。泥は草の根がびっしり生えていてスコップもなかなか歯が立たず、掘り出すことは絶望的だった。自力での脱出は上可能と悟った私達は、この道を通る他の釣り人に助けを求めるしかなかった。ここから長い夜が始まった。写真を撮る心の余裕がなかったので、話は長くなるが写真はない。(ここから6枚の写真はイメージしやすいようにサンプルの写真を掲載してあります。)

途中の道のことを考えると、夜明けに出発した釣り人がここを通りかかるのは早くても午前5時過ぎだろう。疲れ切った二人は汗だくのまま車中で仮眠を取ることにした。これからどうなるのだろうかと考えるとなかなか寝付かれなかったが、いつのまにかうとうとしていた。しかし、大木さんが運転席で急に身を起こす動きで目が覚めた。午前3時のことだ。

水だまりの方を見ると、暗闇の中から2台のバギーが現れた。4人の釣り人が2台のバギーに分乗して釣りにやってきたのだ。大木さんは車から飛び出して、バギーのライトに向かって手を振りながら近づいて行った。バギーは水たまりの手前に止まった。大木さんが事情を説明すると、4人はすぐに2台のバギーで引っ張ってみようということになった。牽引ロープをこちらの車につなぎ、1台のバギーの後ろにもう1台のバギーがついて、2台のバギーは牽引ロープでつながれた。2台のバギーはエンジン全開で引っ張り始めた。大木さんもそれに合わせてギアをバックに入れてアクセルを踏み込んだ。しかし、泥に埋まった2トン近い車は軽量のバギーでは2台掛かりでも引ききれず、車のタイヤは空しく空転するばかりだった。


早朝の釣りを目指してやってきた彼らを、いつまでも引き留めておくことはできない。助けようとしてくれたことに感謝し、水たまりを豪快に渡って暗闇に消えていく彼らを見送った。バギーは軽量だからかなりの泥の中でもさして潜らずに進むことができるのだ。一方大型ウィンチ付きのRVでもなければ、この車を引き上げることはできないかもしれない。

午前5時、辺りはだいぶ明るくなってきた。混雑を嫌って平日にここにやって来たのだが、それが却って裏目に出たようで他の釣り人は中々やって来なかった。大木さんと相談をする。このまま待っていてもしょうがないので、ソルタリークリークの上流にロッジがあるので二人の内の一人がそこに行って救援を求めようということになった。この場所は衛星携帯しか通じない場所なので、救援を求めるのはそれしかないだろう。歩けば1時間弱で行けるだろう。


二人で相談していると、1台のバギーが通りかかった。釣り人に事情を説明し、私が彼のバギーに乗せてもらってロッジに向かうことになった。バイクの二人乗りのように彼の後ろにまたがった。川には10分ほどで到着した。ここでバギーを下り、彼に感謝を告げて川沿いの道をロッジに向かって歩き始めた。4年前にこの川に来た時に熊と遭遇していたので、こんな早朝に一人で歩くのはとても心細かったが仕方ない。川からすぐだと聞いてきたが、ロッジまでの道は遠かった。


ロッジには午前5時半に着いた。こんな早朝に見ず知らずの人を訪ねるのは本当に緊張するが、もう後戻りはできない。前に進まない限り、何も解決しない。逡巡した挙げ句、心を決めてロッジの入り口のドアをノックした。最初のノックでは反応がなかった。再びノック。やがて明かりがついて人の動く気配がして、眠そうな顔をしたロッジの人がドアを開けた。


早朝の訪問を詫びた後で、これまでの事情を説明して彼に助けを求めた。しかし、彼はこれから朝食の支度に取りかからなくてはならず、人手でも機器もないという。彼はロッジの手前に簗(やな)の管理人がいて、そこでRVを見たことがあるから助力を求めたらどうかと言った。無理にお願いすることもできないので、彼の助言に従い、来た道を戻り簗(やな)の管理人の所に行くことにした。唯一と思われた救援が断たれて、重い足取りで来た道を引き返した。

ソルタリークリークには簗(やな)が設置されていて、州政府の管理人が遡上してくるソックアイサーモン(紅鮭)を管理している。午前6時に管理人のテントにたどり着く。周りを見てもRVなどはなく、二人乗りのバギーが1台止まっているだけだった。これでは救援を求めるのは無理なので、再びロッジに戻った。朝食が終われば何とか相談にのってくれるのではと思い、ロッジの庭のベンチに座り待つことにした。少しすると先ほどの人とは違う人がやってきた。彼がオーナーだった。彼は今は朝食で忙しく、朝食後は釣りのガイドなどで手がさけない。用がすべて済めば助けにも行けるかもしれないが、今はとにかく無理だ。ここは私有地なので出て行って欲しい、と言われる。

出て行ってくれと言われても行くところはなく、ここで救援を求めることをあきらめることにした。次の問題はどうやって大木さんの所まで戻るかだ。こうなると簗の管理人の所を訪ねるしかない。何とか管理人にお願いして大木さんの所まで送ってもらうのが次善の策だろう。テントまでとぼとぼと重い足を引きずりながら戻ってきた。テントの前ですぐに声をかけていいものかと悩んだが、他に術はない。意を決してテントの中に声をかけると、すぐに一人の若者が奥から出てきてくれた。事情を説明し、例の水たまりのところまで送ってくれないかと頼む。彼はすぐに快く引き受けてくれて、出かけるための身支度を始めた。彼のバギーの後ろにまたがり、水たまりに向かって出発した。


一本道かと思った思った道は途中でいくつもの分岐点があって、次第に知らない景色の中を走っていた。彼にこの道は違うかもしれないと話すと、彼はこの辺りの道はよく知らないと言っていた。簗に来るときは水上飛行機でやってきたので、この辺はあまり走っていないらしい。次第にガソリンが少なくなってきたのでもう帰らないと、と彼が言い出した。戻ってしまっては振り出しに戻る。見覚えのある所まで来たので、もう5分この先まで走って欲しいと彼に頼んだ。彼は了解して、私達はさらに走り続けた。走る前方にようやく例の水たまりが見えてきた。車はスタックしたままで、傍らに大木さんが立っていた。バギーから下りて彼にお礼を言った。

大木さんにロッジでの話を伝え事後策を話し合っていると、そこに3人が乗った1台のジープがやってきた。その車は小型だがウィンチを搭載していた。これまでの出来事を説明すると、親切にすぐにウィンチで引っ張ってみようということになった。しかし、このウィンチは長いこと使っていなかったようで、スイッチを入れても動かない。それではと牽引ロープで引いてもみたが、ジープが軽量のために引っ張り上げることはできなかった。大木さんは意を決して、我々二人をそちらの車に乗せて欲しいと頼み込んだ。大木さんは二人でロッジまで行き、そこで飛行機を呼ぶことにしたのだった。私は助手席に、大木さんは車の荷台に乗り込んだ。時間は午前9時頃だっただろうか。目覚めてから6時間が経っていた。


ロッジの門の前でジープを下りた。親切な彼らに感謝と別れを告げ、門からロッジに向かって歩き出した。大木さんがロッジの前で声をかけるとオーナーが現れた。大木さんは水上飛行機を1機呼びたいので、航空会社に電話してくれないかと彼に頼む。この辺りは衛星携帯しか通じないので、彼の衛星携帯でないと他との連絡が取れない。彼はすぐに航空会社に電話してくれた。午前10時頃にやってきてくれるとのことだった。これで何とか帰る目処がついた。<これからの写真は実写版。>


ロッジは湖のほとりに立っていて、その湖で水上飛行機は離発着できる。ロッジの宿泊客はロッジの水上飛行機でコディアックのダウンタウン近くの湖からここまで送迎される。ロッジ6泊と毎日の釣りガイド、送迎付きのパック料金は4100ドルで、1泊追加は650ドルという料金だ。
この湖は遡上してくるソックアイサーモンの産卵地になっている。湖にはソックアイサーモンの他にその卵を狙ったドリーバーデンが沢山棲息している。飛行機が来るまで少し時間があったので、このドリーバーデンを釣ることにした。すぐにスピナーをセットして、キャストを開始する。確かにものすごい数のドリーバーデンがいるようで、キャストする度に40センチから50センチくらいのドリーバーデンが食いついてきた。手応え十分で、釣れる度に今までの緊張が少しずつ解けてきて暫しのストレス解消になった。


10時10分、湖に飛行機が飛んできた。いつもアフォグナク島に行くときに利用しているアンドリュー・エアの飛行機だ。飛行機は私達を乗せると、ただちに飛び立った。飛行機の発着場までは15分で到着。大木さんの娘さんに迎えに来てもらい、宿まで送ってもらった。11時15分、何とか無事に帰ることができた。大木さんは車の回収の手配でそれからが大変だったろう。


宿では昨夜の残り物で昼食を済ませる。少し横になりたい気持ちもあったが、今回の釣りの最終日をこのまま無駄にするのも何なので、ダメモトでバスキンリバーに行くことにした。フィリピン人とのバトルが予想されたが、それに反して釣り場に彼らの姿はなく人影もまばらだった。フライはソックアイサーモン用の自製フライで、それをティペットに結び釣りを開始した。水中には魚の姿が見えたので期待が高まる。しかし、魚はフライに全く関心を示さず、いくらキャストしても釣れるのはドリーバーデンだけだった。釣り人がいない理由がだんだん分かってきた。


釣り場をバスキンレイクの下流に移す。ここでもかなり粘ってみたが、魚の反応はなかった。フライが悪いのかキャストが悪いのか、はたまた魚の活性が低いのかは分からないまま午後4時30分紊竿にした。宿に戻り風呂に入り一息つく。サーモンは釣れなかったが、貴重な体験ができた波瀾万丈の一日だった。頭の中では " Keep on moving ! " という言葉がいつまでもこだましていた。

7月6日 水曜日 雨

今日はシアトルまで移動する日だ。朝からシトシト雨が降っていたので飛行機のことが気に掛かったが、飛ばないことはないだろうと思い空港へと向かった。11時35分発アンカレッジ行きの飛行機なのだが、予定時間になっても搭乗開始のアナウンスはない。やがて出発は90分遅延するとのアナウンスがある。アンカレッジでは次のシアトル行きの便まで1時間35分の待ち時間があったが、これではほとんどなくなってしまう。

飛行機は予定より1時間以上遅れて、午後12時38分に離陸した。アンカレッジではボディチェックを受けなくてはならない。次に便に間に合うか。ボディチェックを受けて搭乗口にたどり着いた時には、飛行機の搭乗が既に始まっていた。人間でギリギリなので荷物は間に合わない可能性が極めて高い。果たしてシアトルに到着して荷物の受取所に行ってみると、やはり私の荷物は最後になっても出てこなかった。係員に事情を説明して荷物の状況を確認してもらうと、1時間後の次の便で運ばれてくるということだった。もっと遅い便ならシアトルの宿まで荷物を送ってもらうことも考えたが、1時間くらいなら空港で待っていた方が確実だ。夕食を取りながら空港で待つことにした。左下の写真はコディアックの空港前の喫茶店、右下の写真はシアトル空港内の夕食風景。


係員の言葉通り、荷物は1時間後に到着した。荷物を受け取り、3階の空港シャトルバス乗り場に行く。タクシーなら50ドル以上かかるが、シャトルバスなら18ドルで行くことができる。シャトルバスはワーウィックやウエスチンなどの高級ホテルと空港の間を往復している。私の宿はシャトルバスが止まるような高級ホテルではないが、ワーウィックホテルから歩いて3,4分の所にあるので問題ない。降りる際に運転手に明後日朝の空港までのシャトルバスを予約した(しかし、帰国日にこのバスは来なかった!)。宿にチェックインして、部屋に荷物を置いた。夕食は済ませていたので、港近くのアイリッシュパブ Kells に行き、白ワインを飲みながら今日までの旅の出来事を振り返っていた。

7月7日 木曜日 曇り

コディアックからの飛行機が遅延した場合に備えて保険という意味で、シアトルでは2泊するようにしている。そのため、シアトルでの2日目は専ら観光ということになる。今日は午前中にパイクプレースマーケットでのフードツアー、午後からはインターナショナルディストリクトにある旧日本人街を探訪することにしていた。

フードツアーはパイクプレースマーケットの中にあるいくつかの店を訪れ、試食をしながらマーケットの歴史を学ぶというものだ。午前9時45分にマーケット隣接のシアターに集合だ。シアターの入っているビルは噛み終えたガムが壁一面に張り付いていて、ガムの賑やかな色と香料が漂う独特の景観になっている。当局がそれらを一掃しても、たちまちガムが貼り付けられてしまうとのことだった。これにを見に来る観光客も多い。


地元の女性ガイドとゲスト16人の一行は、午前10時過ぎにシアターから出発した。私以外のゲストはニューヨークを始め、アメリカの各地から来ていた。まずはマーケット入り口近くの”Daily Dozen Donuts”で揚げたてのドーナッツを頂く。マーケットは朝からとても混んでいて、16人が一緒に移動するのはなかなか大変だ。


次に訪れたのは”Ellenos Greek Yogurt”で、チーズケーキのように濃厚なギリシアヨーグルトを頂いた。濃厚だがしつこくない味で、とても美味しかった。シアトルにいくつもの店をだしているそうだ。


このマーケットは元々日本人とアメリカ人が協同して作られたもので、第二次大戦中に日本人が強制収容所に送られまでは、日本人が重要な担い手だった。日本人、日系アメリカ人、それとアメリカ人が協同で創設し、発展してきたマーケットだった。


次に訪れたのは”Beecher's Handmade Cheese”。店の中でチーズを作っていて、出来立てのチーズをカナッペ風にして頂いた。試食はだいたい一口サイズだが、次から次へと食べて回るので以外とお腹に溜まってくる。


”Indi chocolate”は狭い通路の脇に有り、色々な豆をチョコでコーティングして売っていた。オーガニックのものも扱っていた。その次の店は”Pike Place Chowder”で、ニューイングランドチャウダーを売っている。世界コンテストで何度も優勝した実力のあるチャウダーで、店の中から外の道路まで客の長い行列ができていた。ツアー客用には別に用意されていて、並ぶこともなくすぐに熱々のチャウダーを食べることができた。これだけでもツアーに参加する価値があるかもしれない。


”Piroshky-Piroshky”はピロシキの専門店で、この店もマーケットで大人気の店の一つだ。出来立て熱々のピロシキを2種類頂いた。この段階でお腹はほぼ一杯になっていた。


最後の仕上げは”Cutters Crabhouse”。カニを中心にしたシーフードの店だが、売りはクラブケーキ。カニの身をほぐしたものを丸めて揚げたもので、これでお腹は完全にとどめを刺された。お昼抜きが決定された。最後にガイドさんと記念撮影してツアーを終了した。


午後からはパインストリートにあるウエストレイク駅から地下バスに乗って、ダウンタウンの南東部にあるインターナショナルディストリクトにある旧日本人街を訪ねた。地下バスは地上交通の混雑緩和を目的に運営されていて、近郊であれば2.5ドルで乗車できる。


ウエストレイク駅から三つ目のインターナショナルディストリクト駅で下車する。地上に出て最初に目にするのが中華街を示す豪華な門だ。旧日本人街と中国人街は隣接していて、中国人街の北側に日本人街がある。


Higo、NPホテル、パナマホテルなど、旧日本人街を代表する建物が見える所に来た。Higoは約80年前に肥後(熊本県)出身の日系家族が始めた雑貨屋だ。歴史的な建物を保存しながら、現在も装飾品や雑貨を販売している。店内には往時の様子が分かるビデオや写真などの展示があった。


ビル群の北側には”神戸テラス” という公園がある。この辺り一帯の標識には日本語と英語が並列表記されているものがあり、日本人住民が多かったことを偲ばせる。坂道を上りながら公園に入っていく。


公園の中にはリンゴの木が生えていて、なっているリンゴには袋がかけられていた。傍らには鶏舎があって、鶏が何羽か入っていた。玉子を採っているのかもしれない。この公園は今も日本人によって、実用的に利用されているのが分かる。



公園を出たところに”NIPPONKAN THEATRE” がある。かつては日本人街の住民の娯楽施設として賑わっていたのだろうが、今はオフィスビルとして利用されていた。ビルの呼称はそのままのようだった。


少し下ると左手に日本人が建てたパナマホテルがある。大改修を経て、現在もホテルとして利用されているらしい。1階はギャラリーを兼ねたコーヒー店になっていて、店内の壁の至る所に往時の写真が展示されている。シアトルで活躍していた日本人の歴史を垣間見ることができる。


最後は観光案内になってしまったが、釣りばかりではなくたまにはその街の歴史を訪ねるのも悪くないだろう。今回のアラスカ釣行は釣果には恵まれなかったが、その分色々な体験をすることができた。人と人との助け合いや日本を遠く離れて暮らす日本人のことなど、多くのことを学ぶことができた。情けは人のためならず、他人を助けることは自分を助けることにつながることを心から実感できた旅だった。来年は9月に家内と再び訪れる。

<追記> 大木さんの車は後日彼の知り合いが現地に行き、無事救出された。

コンテンツ一覧に戻る