北海道・ロシアクルーズ



2018年9月25日〜10月3日 8泊9日

昨年、平成29年10月に結婚40周年を記念して、ニューヨークからカナダまでをクルーズしてきました。一生に一度の贅沢旅行と思って行ってきたのですが、とても満足できた旅であり意外に手軽であることが分かりました。海外のクルーズへは航空機の利用が欠かせませんが、国内発のクルーズならとても気軽に参加できることが分かってきました。特に家内はクルーズの快適さに完全にはまってしまいました。

旅行期間や旅行先、宿泊、食事などのことを考えれば、クルーズは国内の普通の旅行と比べてかなり割安です。寝ている間に次の目的地まで行ける便利さや船内で行われている色々なイベントのことなどを考えれば、格安の旅行形態だと断言できます。このことに気づいてしまったので、暫くはクルーズを中心に旅行に行くことになるでしょう。

今回のクルーズは横浜の大桟橋国際ターミナルから出発し、釧路を経てから樺太のコルサコフを訪れ、小樽、函館に寄港し、また横浜に帰る8泊9日の旅です。

9月25日 火曜日 雨 横浜出港

自宅を9時半に出発し、神田で京浜東北線に乗り換えて関内まで約1時間半でした。早めの昼食を関内ラーメン横町で済ませてから、タクシーで横浜港の大桟橋国際客船ターミナルに向かいました。クルーズ参加者は2000人以上いますから、チェックインの手続きは受付時間が事前に指定されていて、私達は12時半からでした。ターミナルビルには既にたくさんの人々がいて、次々に手続きを済ませて乗船を開始していました。私達はさほど待つこともなく、時間前に乗船することができました。


船内見学をしながら15階に向かいました。そこには大きな展望風呂「泉の湯」があって、太平洋の海原を見ながら入浴ができます。利用料金は1回90分で15ドルですが、船旅で入浴ができる素晴らしさを考えれば高くはないでしょう。とても人気があるので、乗船と同時に予約することにしていたのでした。私達の客室は14階の左舷側で、海側バルコニー(後方)というカテゴリーに入る部屋です。


船内には一人ワイン1本の持ち込みが可能なので、私達はそれぞれ1本ずつワインを持参していました。ワインをグラスに注いで、まずは旅の無事を祈って乾杯をしました。


船内5階のアトリウム(グランド・プラザ)では旅の無事と乗客の歓迎を兼ねて鏡割りが行われました。船長を始めとした船の責任者が日本酒の樽の周りに集まって、盛大に鏡割りです。この後、乗客には樽酒が振る舞われました。私達も頂きました。船の方は出船の準備が進んでいて、タグボートが船を外洋の方に向きを変えていました。いよいよ出港です。


今回の船はダイヤモンド・プリンセスで、総トン数115,875トンで、乗客定員2706人のイギリス船籍の船です。昨年利用したリーガル・プリンセスは約142000トンでしたから、それよりは一回り小さくなります。それでも乗組員を加えれば3000人以上が乗船しているので、小さな町がそのまま移動しているようなものです。

横浜ベイブリッジの下をくぐりましたが、橋と船の間は2メートルほどしかあいていません。潮位や天候を十分に計算して航行しているので、無事に通過することができました。



船内には大きなレストランが5カ所あって、それぞれがファースト・シーティングとセカンド・シーティングの2回制になっています。乗客は事前に利用するレストランと食事時間が割り当てられているので、指定の時間に指定されたレストランで夕食をとります。私達は5階にあるサボイ・ダイニングでファースト・シーティングでした。食事をするテーブルと給仕する人は乗船中に変わることはありません。私達は208番のテーブルで窓際の二人席でした。


メニューはオードブル、メインとデザートなどに分かれ、色々な料理があり、定番のものと日替わりのものがあります。好きなものを好きなだけ注文することができます。メインを二つ頼んでもOKです。ワインを飲みながら美味しく頂きました。


9月26日 水曜日 曇り時々晴れ 終日航海

今日は釧路まで終日航海の日です。6時半に14階のホライゾンコート(ブュッフェレストラン)で朝食を済ませ、それからジムに向かいました。ジムで30分ほどウォーキング・マシーンで汗を流し、ストレッチをしてから泉の湯に向かいました。9時に予約していましたが、幸運にも風呂には私しかおらず、貸し切り状態でした。太平洋の雄大な展望をお湯に浸かりながら堪能することができました。


午後からは社交ダンス教室に参加しました。普段はまったく踊りなどしたことのない私達でしたが、講師はアルテム&イリナ(Artem & Iryna)というロシアの社交ダンスのチャンピオンです。彼らの演技を間近で見られる又とないチャンスだと思い、参加することにしました。ダンスはチャチャチャでなかなか歯が立ちませんでした。それでも足をバタつかせながら、楽しい時間を過ごすことができました。


船内では他にも紙飛行機大会やウクレレ教室、写真教室、クイズ大会などが船内の各所で開催されていて、退屈することなく一日を過ごすことができます。その間に船は太平洋を北上して、一路釧路へと向かっていました。日本の南では台風25号が発生しており、このまま行くとロシアからの帰りに津軽海峡辺りで遭遇する可能性がありました。しかし、今のところ波静かな太平洋でした。


今夜はフォーマルナイトになっていて、乗組員を含めて全ての乗船者はフォーマルな出で立ちで夜を楽しむことになっていました。フォーマルといっても略礼服に蝶ネクタイをすればOKで、家内は和服を持参していました。


ファーストシーティングは午後5時30分からです。少し早い気もしますが、夜のショーの第一ステージが7時半から8時頃に始まるので、この時間に夕食をとっておくと好都合です。サボイ・ダイニングには日本人の乗客が多く、隣席は大津から来られたご夫婦でした。ここで今回の乗船客について触れておきますと、この船には約2200人くらいの乗船客がいます。そのうち半数が日本人で、残りが外国人です。横浜発なのになぜ外国人が半分もいるのか不思議な感じもしますが、私達が昨年ニューヨークからクルーズしたように海外から来て日本の観光地を船で回ろうという方が大勢いらっしゃるようです。1000人のうち半分がアメリカ人とオーストラリア人、残りの半分が中国、韓国、台湾、香港などのアジアの国々の方のようです。



6階の船首には1000人以上入れそうな劇場があり、毎日色々なショーが開催されます。この夜はプロダクションショー・ブラボーが開催され、ポップ・オペラとソプラノ歌手の歌声を堪能しました。とてもレベルの高いパフォーマンスで、このようなショーを毎晩見られるだけでも乗船する価値はあります。ショーが終わってからフォト・ギャラリーに行き、写真購入の申込みをしました。船内にはプロの写真屋さんがあって、毎晩アトリウムで乗船客の写真を撮影しています。もちろん購入義務はありませんが、プロの撮った写真は素晴らしく、今回も前回と同様に乗船中撮り放題(撮られ放題)のパッケージを購入しました。デジタルデータももらえるので、この旅行記にも掲載しています。


ショーが終わってからフォーマルウェアをプロに撮ってもらいました。


9月27日 木曜日 曇り 釧路

午前7時、船は釧路の西港第4埠頭に到着しました。釧路には釣りで毎年来ていますが、海からの訪問は初めてです。釧路の別の顔を見るような気分でした。釧路は大漁港で、港の周辺には水産加工の会社が林立していています。魚を加工する工場の煙突から出る煙は、24時間絶えることはありません。


港には現地ツアーのバスがたくさん待機していて、釧路湿原や和商市場など釧路の見所に連れて行ってくれます。私は釧路に毎年来ていることもあり、ツアーには乗らずフリーで行動することにしていました。観光の時期としては端境期にあたっていたので、観光はしないで市内に買い物に行くことにしました。なにせこの日の釧路は最高気温12度で、曇天に加えて冷たい風が吹いていました。冬物の衣類を買い足しに行くことにしました。国内旅行はこの気軽さがいいところです。


港にはバスの他にタクシーも待機していて、タクシーに乗ってイオン釧路昭和店に直行しました。この店は釧路に釣りに来た時にはいつも利用している店で、大きなショッピングモールになっています。ここで衣料品を買い足して、お昼は近くの回転寿司に行きました。この店も釧路でいつも利用していて、回転寿司とは思えない立派な鮨を食べさせてくれます。家内はビール、私は熱燗を注文して、新鮮なネタの鮨を堪能しました。北海道の回転寿司は関東と比べると、一皿100円という均一料金制ではありませんが、内容の充実した美味しい鮨が食べられます。二人とも大満足のランチでした。


イオンのタクシー乗り場に戻る途中でおなじみの「シマムラ」にも寄りました。ご存じの通りシマムラは全国にありますが、地域によって取扱商品が若干異なっていて、その違いを楽しむことができます。タクシーで船に戻ると、港には釧路の観光協会の方々が見送りに集まっていました。中央の舞台でプロ顔負けの方が北原ミレイの石狩挽歌を熱唱していました。


プリンセス・クルーズでは乗船中に次回のクルーズを予約すると、次回のクルーズ料金が数万円安くなり船内で使えるクレジット(クーポン券)がもらえます。これにリピーター割引を加えるとかなりお得な料金でクルーズができます。そこで船に戻ってからフューチャー・クルーズ・デスクに行って、次回のクルーズを予約しました。

この夜はカジュアルナイトだったので、平服での夕食でした。隣の席は岡山から来たというご夫婦で、初めてのクルーズということでした。乗船客は乗船時にクルーズカードが渡され、これは身分証明書であると同時にホテルカードになっています。船内での支払いもこのカードですることができます。カードは過去の乗船回数で色分けされているので、カードをみれば初めてかベタランかすぐ分かります。また、各部屋には表札が掲げられていてこの表札の色はカードの色と同じになっています。




部屋が並ぶ通路を歩いてみて驚いたのは、リピーターの多さです。ざっとみても半数以上の方がリピーターのようで、今回のクルーズでの最多乗船者は通算648日間のご夫婦でした。一回に9日間としても70回以上の乗船ということになります。係の人に聞いた話ではこのクルーズが終わると次のクルーズというようにして、ほぼ一年間クルーズを続けている方がいるとのことでした。


この夜、時差をプラス1時間加えました。いよいよ日本からロシアにはいります。

9月28日 金曜日 晴れ時々曇 終日航海

この日は終日航海日です。朝ゆっくりできるので、前夜にルームサービスで朝食を頼みました。午前6時半に給仕の人が部屋まで持ってきてくれました。バルコニーでも食べられますが、あいにく風が少し冷たいので室内で頂きました。窓の外には択捉島と思われる島が遙か彼方に見えていました。


朝食を済ませてから、15階のデッキでラジオ体操をしました。夜にはナイトシアターとして映画を映している巨大なスクリーンがあるのですが、その映像を見ながらのラジオ体操です(映像を見ながらのラジオ体操というのも言葉が変ですが。)。ラジオ体操は第一と第二の両方でした。この後はジムに行き、ウォーキング・マシーンとストレッチで汗を流しました。



船内にはほぼ各階にランドリーがあります。そこには全自動洗濯機と乾燥機、アイロンが設置されていて、専用のコインをクルーズカードで購入して利用できます。洗濯と乾燥がそれぞれ3ドルずつで、洗剤も1.5ドルで購入できます。汗をかいた運動着や今まで着ていたものをここで洗濯しました。ここで日系アメリカ人の方が利用にとまどっていたのでお手伝いしたのですが、ハワイから日本に観光に来てこのクルーズに参加されたそうです。英語と日本語がチャンポンの会話が飛び交いました。 

午後からは再び社交ダンス教室に参加しました。今回はボックスを学びます。講師の華麗な身のさばきを見ていると簡単に見えたステップも、自分たちで実際にやってみると何かぎこちない動きで四苦八苦です。2種類の踊り方を学びましたが、今は思い出せません。


この後、ロシアへ入国のための事前審査がありました。係員にパスポートのコピーを手渡して確認を受け、船側で入国申請書を作成します。明日の朝ロシアに着いた時にロシアの入国審査官が船に乗り込み、この書類と実物のパースポートで入国審査を行います。

夕食はいつものレストランで午後5時半からです。今夜のショーは7時半からなので、ゆっくり食べても間に合います。



船内のアルコール類は基本的に有料です。ビールは約7ドルでワインはボトルなら29ドルからというところです。驚いたことにバーには福岡県の銘酒「庭のうぐいす」まで置いてありました。レストランでワインのボトルを注文すると、飲みきれない分はボトルキープできます。



カジュアルナイトも写真の撮影会が開かれています。旅の恥はかきすてということではありませんが、普段ならしないであろうポーズで撮ってもらいました。この夜、時計の針をさらに1時間進めて時差を調整しました。


9月29日 土曜日 晴れ ロシア;コルサコフ

船は午前6時に南樺太の町、コルサコフに入港しました。サハリン島最大の不凍港でもともとはアイヌが暮らす島でしたが、17世紀には松前藩出先が置かれ、18世紀にはロシアの流刑地になりました。日露戦争で勝利した日本の領土となり、大泊と改称されて以来40年日本の領土となっていました。そのため、日本人が建設した建物などが今も残っています。私達の今回のクルーズで一番訪ねてみたい場所でした。


コルサコフの港は大型船が入港できないので、船は沖合に停泊して港まではテンダーボート(はしけ)で行きます。テンダーボートは緊急避難時には150人くらいの人を乗せて自力で航行できるようになっています。普段は船の右舷と左舷に係留されていて、小さな港への乗船客の送迎で活躍しています。



現地ツアーは目的地別に集合場所が決められていて、私達が参加するツアーは6階にあるホイールハウスバーに8時に集合でした。ここから4階の船の出口に行き、そこに待機していたロシアの入国管理官の入国審査を受けてからテンダーボートで出発です。

港にはたくさんのバスが待っていて、指定されたバスに家内と乗り込みました。バスは港から車で40分ほどのところにあるサハリン州の州都ユジノサハリンスクに向かいます。


途中でトイレ休憩があり、大きなビルに案内されました。トイレを済ませた所に臨時のお土産店が設けられ、地元のお菓子やマトリョーシカなどが売られていました。日本の観光地のようなぼったくり価格ではない良心的な価格設定でした。私達はマトリョーシカ人形の楊枝立てを買いました。


ユジノサハリンスク市に入り、最初に訪れたのは勝利広場でした。日本語を話せるロシア人の青年がガイドをしてくれました。この公園は第二次世界大戦で日本に勝利したことを記念して作られた公園で、戦没者の名前を刻んだ記念碑などがありました。日本人から見ると終戦の間際に日ソ不可侵条約を一方的に破棄して攻め込んできたことや日本兵シベリア抑留のことなどが頭に浮かんできます。素直に彼の説明を受け入れたくない気持ちがありましたが、ボランティアで一生懸命説明している姿には感謝しない訳にはいきません。広場には新カテドラル聖堂もあり、サハリンでは最大規模の聖堂です。



ロシアへの入国には原則としてビザが必要です。今回の旅行では滞在ではなく一時的な立ち寄りで、立ち寄り先が限定されていることからビザ無しで入国しています。そのため、指定された場所以外への立ち入りはできません。公園や立ち寄り先の要所要所には監視員らしい人の姿が見られ、一見先進的な建物が並ぶ発展している街並みのようでも実際には昔ながらのロシアがそのまま残っているようでした。



次に訪れたのは戦勝記念広場でした。ロシアが第二次大戦に勝利しサハリンを取り戻したことを記念しています。日本統治時代は神社などがあったところで、本殿への参道だったと思われる石畳が昔の面影を残していました。本殿があったところには、今ホテルが建っています。ユジノサハリンスクは思っていたほど寒くはなく、公園内の花壇にはたくさんの花が咲き乱れていました。



次にサハリン州立郷土史博物館を訪れました。日本統治時代の1937年に樺太庁博物館として建設され、現在もサハリン州の博物館として利用されています。サハリンの歴史やアイヌの遺物、さらにはサハリンに棲む動植物の剥製などが展示されていました。他の現地ツアーもここは主要観光先になっているようで、大勢の乗船客でごったがえしていました。


この博物館の展示のハイライトは日ソ国境標石です。石の一方にはこちら側がロシア領と刻印され、反対側には日本領の刻印がありました。この石を境に日本とロシアが覇権を争っていたのでした。



ツアーの最後は大きなショッピングモールでした。ツアー参加者は真っ先に3階のトイレに向かい、用の済んだ人から買い物に向かっていました。1階がスーパーマーケットになっていて、色々な食品を売っていました。魚売り場ではキャビアを買い求める人が係員にキャビアはないかと聞いていました。日本でキャビアといえばチョウザメの魚卵ですが、海外では魚卵一般を指すのでイクラもキャビアに入ります。そのため係員はイクラのところに案内するのですが、日本人はこれは違うと押し問答していました。ロシアでは乱獲がたたってか、チョウザメはレッドデータブックに載っている絶滅危惧種です。スーパーでは簡単に購入できません。


このツアーには昼食がついていないので、スーパーでピロシキを買って昼食にしました。ここがツアーの最終目的地なので、後は船に戻るだけです。約50分ほどバスに乗って、港に戻りました。何年か前にこのツアーに参加した人の話では、道は舗装路が少なく車は砂塵をもうもうとあげながら走るので後続の車に乗ると何も見えないと言っていましたが、それは昔話になっていたようです。


港には既にツアーを終えて戻ってきた人達がテンダーボートを待っていました。何隻ものテンダーボートが本船と港との間を休む間もなく往復して、大勢の乗船客を送迎していました。私達はさほど待つこともなく、午後2時前には船に戻ることができました。



船に戻って、まずはビールで乾杯です。念願のロシア訪問ができて、私も満足の乾杯でした。近くて遠い国のロシア、過去に何度かロシア行きを計画しましたが、手続きの煩雑さや行動の制限などで断念して来ました。日本では北方領土問題が大きな課題になっていますが、実際に行ってみるとその解決の道は果てしなく遠いことを実感できた旅でした。


夕食はいつも通りの午後5時半でした。毎回少しずつメニューの内容が違います。メニューを写真に撮っているのですが、暗いせいかかなり不鮮明で分かりませんね。美味しかったことは覚えていても料理の名前までは覚えていません。残念。




この夜のショーはアンドリュー・リーによるマジック&イリュージョンでした。8時からなのでデザートをゆっくり頂いてから出かけました。夜のショーは8時からと9時45分からの2部制になっていますが、二人とも夜遅いのは苦手なので最初の部が基本です。ショーが終わって部屋に戻れば寝るだけですが、その前に時計の針を2時間戻しました。明日は小樽です。


9月30日 日曜日 晴れ時々曇り 小樽

小樽には前にも来たことがありますが、海からの訪問は初めてです。まだ台風の影響はなく、穏やかな海を船は進みました。午前8時に船は小樽の勝納埠頭に接岸しました。今日は現地ツアーに参加せずに、自分たちだけで小樽水族館に行くことにしています。



昨日まで14階にあるホライゾンコートでブュッフェスタイルの朝食をとっていたのですが、今日は時間の余裕があることから6階のインターナショナル・ダイニングで食べることにしました。このレストランは開店が7時なので、今まで利用したことがありませんでした。メニューは和食が中心で、いわば朝定食といったものを提供してくれます。



この日はシシャモの焼き魚定食がメインで、デザートにヨーグルトを追加しました。テーブルは8人掛けで、どういう訳か杉並や立川など東京から来た人ばかりの相席でした。同郷人ばかりということで話がはずみ、面白い話をたくさん聞くことができました。


外国から戻ってきたので、船から出るためには日本への入国審査が必要でした。入国審査官にパスポートを提示し、税関申告書を提出してから下船です。港には臨時のタクシー乗り場があり、そこからタクシーに乗って小樽水族館に向かいました。水族館までは6キロメートルほどの道のりです。



家内も私もダイビングをするので、海の生き物にはとても関心があります。そのため小樽に行ったら水族館に必ず行こうと決めていました。小樽水族館にはオホーツク海の生き物の展示があるので、これが楽しみでした。


チョウザメが何尾も泳いでいる水槽がありました。日本には天然のチョウザメはいないと思うので、ロシアで捕獲されたものかもしれません。またオホーツク海の魚を展示している大型水槽ではアメマスや銀ザケ、さらにはサクラマスやハリバット(オヒョウ)などが泳いでいて、それらを釣りのターゲットとしてる私としては暫く水槽の前で立ち尽くしていました。底物と言われるハリバットが中層を優雅に泳いでいる姿を見ていて、一昨年アラスカで釣りをしていてトローリングでハリバットが釣れた訳がよく分かりました。



水族館には屋外の展示場もあり、アザラシやトドが展示されていました。水槽は外洋と直結しているようで、潮の香りに包まれたリアルな展示になっています。来園者は餌用の小魚を買うことができ、これをアザラシなどにあげることができます。ただ、カラスもこれを狙っているので、ボーッとしていると飛んできて奪われてしまいます。



ゆっくり見学した後に、近くの食堂で昼食をとりました。タクシーの運転手さんから美味しい店として聞いていたので、迷わずに直行しました。青塚食堂では新鮮な魚介類の食事が売り物で、日曜日ということもあってか大勢のお客で賑わっていました。家内はイカとツブ貝の刺身、私はニシンの焼き魚定食でした。



この辺りはかつて沢山の番屋があったところで、かつてはニシン漁で栄えた所です。にしん御殿といわれ観光名所にもなっている旧青山別邸はすぐ近くにありました。私達は腹ごなしを兼ねて、かつての番屋の一つである茨木家中出張番屋に行ってみました。この番屋には季節になると青森や秋田から出稼ぎの人がやってきて、この番屋にとまりながらニシン漁していたそうです。北原ミレイの石狩挽歌が再び思い出されました。


船には午後2時頃に戻りましたが、途中で小樽のイオンがあるショッピングモールに立ち寄りました。北海道のお土産に三方六のお菓子を買うことにしていたので、イオンにあるのではと足を伸ばしてみたのです。イオンには北海道各地の名産品コーナーがあって、そこでお目当てのお土産を買うことができました。

船から歩いて行ける距離なので、そこで多くの乗船客と思われる人々に会いました。この日は別の国の大型客船も入港していたので、そこから来た人だったかもしれませんが。イオンで六花亭のおはぎを見つけてしまい、思わず買ってしまいました。船内では様々なケーキやクッキー、焼きたてのペストリーなどがいつでも食べられるのですが、餡子はありません(言い訳)。さすがに六花亭の餡子は絶品でした。


釧路と同じように小樽でも見送りがありました。現地ツアーから戻ってきたバスの方に向けて、太鼓の演奏で迎えていました。また、別の所ではフラダンスの演技があって、華やかな彩りを添えていました。旅人は地元の人々に歓迎されていると思うと嬉しくなるものなのだなぁと実感しました。


今夜は二度目のフォーマルナイトでした。フォーマルウエアに着替えてディナーに向かいます。正装というと何かしら堅苦しいものと思われますが、着慣れてくると意外にいいものだと思うようになりました。多少着るのに手間がかかりますが、ピシッときめてみるのもたまにはいいものです。別にタキシードを着なくても略礼服で十分で、立ち襟のシャツに蝶ネクタイ、ズボン吊りにカマーベルトを加えればできあがりです。家内は今回も和服でした。


夕食はいつも通りの午後5時半です。私達が食事をしている間に、船は予定通りの午後6時に小樽勝納埠頭を出港しました。静かな運航なので、いつ動き出したのかさえ分かりませんでした。この日私達の選んだメインディシュはロブスターでした。ロブスターの殻は給仕の人がフォークとナイフで外してくれるので、私達はプリプリの身を小さく切って口に入れるだけでした。



左下の写真がロブスターで、右下の写真がパイ皮で包んだフィレステーキとカルボナーラ(?)。

左下のデザートがフローティング・アイランドで、クリームソースの上にメレンゲが浮いています。右下はアイスクリームサンデー。


この夜、7階のクルーナーズ・デッキではストリングス・アタッチドという弦楽奏者によるケルト音楽の演奏がありました。諸般の事情でこの日は早寝となったため、少し聞いただけで部屋に戻りました。明日は函館です。


10月1日 月曜日 晴れ 函館

この日の朝食もインターナショナル・ダイニングで頂きました。この日同席した方達も愉快な方々ばかりで、また面白い話を聞くことができました。なかには面白いというより深刻な話もあり、パスポートに不具合があって釧路で下船を余儀なくされた人がいたという話には驚かされました。夫婦で参加された方で、夫が下船させられても奥さんは旅を続けているとのことでした。


船は予定通り午前8時に函館の港町埠頭に接岸しました。港には連絡船や貨物船などが絶えず行き交っていて、道南の海の玄関口といった感じでした。天気予報を見る限りでは船の航路が台風の進路とだんだん外れてきて、台風との遭遇にはならなそうで安心しました。この日は天気が良くて海も凪いでいました。



埠頭には現地ツアーのバスが並び、観光協会のテントもありました。道南の観光名所を巡るツアーや函館市内の名所を訪ねるツアーなど多彩な観光コースがありましたが、私達は歩いて五稜郭まで行くことにしていました。


各寄港地では写真担当者が工夫をこらした衣装で記念撮影を撮ってくれますが、函館では着ぐるみ着て一緒に写真を撮りました。また、観光協会の横断幕での出迎えもあったので、こちらでも一緒に撮影してもらいました。一回に2000人近くの観光客が来る訳ですから、地元への貢献はかなりあるのではと思います。


地図で見ると埠頭から五稜郭まで2キロくらいだったので30分くらいで行けるかと思っていましたが、意外に遠くて50分ほどかかってしまいました。地元のスーパーなどに寄り道をしたせいもありますが。私達以外にも数人の方が船から歩いていました。五稜郭の一角が見えてきたときは少しほっとしました。



五稜郭は言うまでもなく函館山と並んで函館を代表する観光名所です。江戸時代の鎖国政策から開国となり、函館を開港したことに伴い建設されたヨーロッパ型の要塞です。一方で大政奉還、江戸城明け渡しなどで行き場を失った幕府勢力がこちらに渡り、五稜郭を占拠して仮の政権を樹立しようとしました。そのため、明治政府との激しい戦いが起こり、最後には幕府終焉の地となりました。高さ90メートルの展望台に上ると五稜郭が一望できます。目を転じれば、私達の船も遠望できました。


かつての城郭は1914年に公園として開放されて以来、地元の人々の憩いの場所になっています。私達がいる五稜郭タワーは2006年にリニューアルされたもので、大人900円の料金でエレーベーターに乗って展望台に行くことができます。月曜日にもかかわらず、大勢の人々が来ていました。



お昼は歩いてくる途中で見つけた回転寿司でした。函館ラーメンも魅力的だったのですが、五稜郭で会った同船のご夫婦が良かったよ、と言っていたのでそれではと行くことにしました。美味しい回転寿司とビール、これは北海道の定番ですね。

お酒を飲んでしまうともう歩けません。船まではタクシーで帰りました。埠頭には函館ラーメンの屋台やCoCo壱番館のキッチンカーなどが止まっていましたが、既に満腹でトライすることができませんでした。


夕食までには時間があったので、ゴルフのミニコースでアプローチの練習をしました。本物の芝ではありませんが、人工芝でも練習できます。暫く練習してから部屋に戻り、次は歌の練習です。ミニキーボードを持参してるので、音取りは正確です。来年の演奏会に向けて練習を欠かすことはできません。

今夜はカジュアルナイトなので、リラックスモードでレストランに向かいました。


今夜はイタリアデーということで、給仕の人たちはイタリアの船員(?)のようなシャツを来ていました。メニューは必ずしもイタリアンというわけではありませんでしたが、雰囲気は出ていたようです。給仕の人達は若干の日本人を除けばフィリピン人、インドネシア人、コロンビア人、旧東欧諸国の人々など実に多彩です。挨拶程度の日本語を話せますが、船内の公用語は英語です。皆さん、上手に英語を話していました。



普段はテンプラやカツなど油で揚げたものは避けているのですが、旅先では気にしません。こだわると旅の醍醐味がなくなってしまいます。エビフライ、とても美味しかったです。



この夜のショーは北海道伝統芸能ショーでした。江差追分などの民謡を聞かせてくれました。唄も踊りも素晴らしく、日本の伝統芸能はいいなぁと実感しました。ショーが終わってから、14階のデッキに行きました。ライアップされた五稜郭が遠望できました。普段は夕方までには船に戻らなくてはいけませんが、函館山の夜景を観光できるように配慮してか今夜の門限は午後10時30分でした。



楽しかったクルーズも明日の終日航海日を残すのみとなりました。あっという間の一週間でした。船の航路は台風の進路から外れましたが、風がとても強く波もかなり高くなっていました。11万トンを超える巨大な客船でしたが、さすがに多少の揺れを感じるようになってきました。


10月2日 火曜日 晴れ 終日航海

この日が最後の終日航海日です。北海道から一路横浜を目指します。何キロくらいの行程か分かりませんが、おそらく800キロから900キロくらいの道のりでしょうか。船の巡航速度は22ノット(時速41キロ)ですから、順調にいっても20時間以上はかかります。船長は前夜の船内放送で、台風の影響があるので陸地から遠くない沖合を航行すると言っていました。


今日は色々な予定があり朝食を早く済ませたかったので、14階のホライゾンコートで食べました。ホライゾンコートは午前5時から深夜までやっていて、いつも大勢の人が食事をしています。好きなときに好きなものを食べられるというのもクルーズの魅力ですから、皆さん気ままな生活を大いにエンジョイしています。


朝食を終えてから15階のデッキでラジオ体操をして、同じ階のフィトネスセンターでウォーキングマシーンとストレッチで汗を流しました。汗をかいた後はお風呂です。泉の湯を予約していたので、9時に展望風呂へと向かいました。ジムは船の前方にあり、泉の湯は同じ階の後方にあります。船の全長は290メートルあるので、船内を移動するだけでもかなり歩くことになります。

泉の湯には私以外にはもう一人いるだけだったので、今回も貸し切りのようになりました。男湯には4つの浴槽があり、2つは室内にもう2つは天井のない部屋にあります。上方から差し込む太陽を浴びながらの展望風呂、極楽とはこういものかもしれません。今回の2回の入浴でしたが、次回は回数券を買って5回入るつもりです。


この日限定でインターナショナル・ダイニングで昼食が取れました。普段昼食はやっていないのですが、最後の終日航海ということで開放したのでしょう。デザートまでしっかり頂きました。


午後1時半からは社交ダンス教室です。おなじみのアルテム&イリナが講師です。回を追う毎に参加者が増えているようで、7階のクラブ・フュージョンのフロアは参加者で一杯でした。レッスンの途中には講師による模範演技があり、間近で華麗でダイナミックなダンスを見ることができました。参加者達は垂涎の眼差しで見入っていました。


5階のアトリウムでは色々なゲームが行われていますが、この時は人間競馬をやっていました。午後3時から家内がワイン・テイスティングに参加するので、二人でサンタフェ・ダイニングルームに向かいました。私はオブザーバー参加です。参加費は9.5ドルですが、5種類のワインとオードブルが提供され、船のソムリエがそれぞれのワインの特徴や味を解説してくれました。ここでは岐阜から参加しているご夫婦と京都から参加のご夫婦と同席しました。岐阜の奥様は昨夜99ドルのワインを飲んだが、こちらのワインの方が美味しいと言っていました。


部屋に戻ってデッキに出ると、デッキが少しベタついていました。何かなと思って触ってみると、それはなんと塩でした。強風に煽られた波飛沫が11階のバルコニーの手すりまで飛んできたのでした。今朝15階デッキに行ったときに、始めは雨かと思っていた水しぶきが実は波飛沫だったことを思い出しました。船は猛烈な向かい風の中を進んでいるので、吹き飛ばされた波頭の飛沫がこんなに上まで舞い上がってきていたのです。

荷物を午後8時までに部屋の外に出しておかなくてはならないので、食事に行く前に二人のスーツケースを部屋の前に出しました。荷物には明日の下船時間別に色分けされたタグをつけておきます。こうしておけば、船を下りて大桟橋ターミナルで税関検査を受けるので荷物を持たないで済むのです。


クルーズ最後の晩餐はステーキを中心に注文しました。ポークステーキとビーフステーキをそれぞれお願いしました。毎日贅沢な食事に恵まれてさぞかし太ったかなと思い今朝ジムで体重を計ったのですが、ほとんど増えていませんでした。それで安心して食べることができました。



右下の写真はポークステーキですが、肉の外側に海苔が巻いてあってこれがとても良い組み合わせになっていました。こんなに美味しいポークは当分食べられないでしょう。



最終日のディナーの時にはパレードがあります。普段は裏方の厨房で働いている人達や給仕の人達がナプキンを振りながら、レストランの中を行進します。そして最後に総料理長が乗船客にお礼の挨拶をしました。乗船客もこれに応えて感謝の拍手を返しました。


デッキ5階のアトリウムではダイアナ展示会が開かれていました。この船のダイヤモンド・プリンセスはプリンセス・ダイアナが命名者の一人です。それを記念してダイアナの衣装のレプリカが展示されていました。確かにどれも見覚えのある服ばかりでした。


午後7時半からは写真抽選会でした。写真を撮ってもらう度に抽選券を1枚もらい、名前と部屋番号を書いて抽選箱に入れていたのですが今夜はその抽選会でした。抽選会は今までに2回行われていて、毎回落選していたのであまり期待していませんでしたがとりあえず7階の抽選会場に行ってみました。3等、2等と決まっていきましたが私達は呼ばれません。帰ろうかと歩き始めたときに家内の名前と私達の部屋番号が聞こえてきました。なんと1等が当たったのです。一等は30ドル相当の写真集でした。


夜のショーの第一部には間に合いませんでしたが、第二部を見ることができました。奥さんが日本人というジャグラーのデービッド・エイケンによるコメディージャグリングショーで、見事なジャグリングと軽妙な笑いで会場中が盛りあがりました。

一方5階中央のアトリウムではバルーンドロップ・パーティーが9時15分から始まりました。天井に吊してある風船が時間になると一斉に雨のように降ってくるのですが、その間にダンス講師のアルテム&イリナによるダンスの披露がありました。


魅惑的な歌声や華麗なダンスでフロアは熱気に包まれていました。パーティーのこの後深夜まで続いたようですが、朝から活動している私達はそろそろ寝る時間になってきました。もう少しダンスがうまければ積極的にダンスパーティーにも参加できますが、それは次回までの課題です。かくしてクルーズ最後の夜は更けていきました。


10月3日 水曜日 曇り 横浜到着

船は午前6時に横浜港に入港しました。8泊9日のクルーズでしたが、あっという間のような気がしました。特に何をしたという訳でもなく、ただ時間がゆったりと過ぎていった感じです。その日にすべきことは2つか3つくらいしかないのですが、それで十分で後はただのんびり。本当に贅沢な時間の使い方です。一年に一回くらい、こういう時間の使い方も悪くはないと思います。


私達は早めの下船時間だったので、朝食はホライゾンコートでとりました。できている料理を行って食べるだけの気軽な朝は今日限りです。いつにも増してじっくり味わいながら朝食を済ませました。15階の喫煙所に行けば、そこには顔なじみのスモーカーがいました。静岡から参加している人で、静岡市内の台風による停電を心配していました。もう現実の生活が始まっているのです。


下船時間は希望の時間や出発先などで47のカテゴリーに分かれています。それぞれ集合場所と出発時間が異なります。私達は Silver2 のグループで7時55分下船でした。荷物は既に預けてあり、船を出てから受け取り税関検査を受けることになっています。検査が済めば、その先で宅配便の会社に荷物を預けて手ぶらで帰宅となります。



最初の下船は7時半から始まり、私達は集合場所のシアターでさほど待つこともなく8時には下船することができました。税関検査も無事済んで宅配便の担当者に荷物を預けました。明日には我が家に送られてくるでしょう。大桟橋と桜木町の駅の間はクルーズ会社が用意したシャトルバスが運行しているので、これに乗って10分ほどで桜木町の駅に着きました。後は電車に揺られて帰るだけです。


桜木町の駅前でコーヒーを飲んで、自宅に着いたのは午前10時半でした。今朝港に着いて10時30分には自宅にいるなんて、国内発着クルーズは本当に便利です。帰宅後、台風でやられた庭の野菜の始末をする時間までありました。不在の際は関係の方々にはお手間をおかけいたしました。この場を借りまして厚く御礼申し上げます。ありがとうございました。そして、来年も又よろしくお願い申し上げます。


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