アメリカ&カナダクルーズ+ ニューヨーク



2017年10月6日〜10月18日 11泊13日

平成29年3月末で40年に及ぶサラリーマン生活に終止符を打ちました。またこの年の9月には結婚40周年を迎えることから、一生に一度となるようなことができればと思っていました。昨年の12月にいつも利用している旅行代理店に寄った時に、カウンターにクルージングのパンフレットが置いてあったので何気なく手に取って読んでみると、なかなか面白そうな企画が色々掲載されていました。費用的にも国内旅行とあまり変わらない料金で、充実した旅行ができそうでした。何よりも相手任せでのんびりできそうな感じで、40年の積もりに積もった垢を洗い流すにはぴったりと思われました。

ニューヨークから船出して、ボストンなどに寄航しながらカナダのハリファックスまでを往復する7泊8日のクルーズでした。ニューヨーク発着というのが難点でしたが、この機会にニューヨークでブロードウェイのミュージカルも堪能してこようという欲張りな計画にしました。アメリカの西海岸へは約9時間のフライトで行けますが、東海岸だと12〜13時間のフライトになります。年を重ねてからでは体力的にもきついので、行くなら今でしょ、ということで今回の旅が実現したのです。

クルーズが7泊8日で、これにニューヨーク滞在の3泊とクルーズ前泊の一日を加えて11泊13日の旅が始まりました。

10月6日 金曜日 雨

新宿14時10分発の成田エクスプレスに乗り、空港第2ビルには15時23分に到着しました。空港ビルで WiFi の受信器を借り、空港宅配の荷物を受け取ってから日本航空のカウンターに行きチェックインを済ませました。飛行機の出発までにはかなりの時間があったので、日本航空のさくらラウンジで休憩することにしました。ここを利用するのは初めてでしたが、ラウンジは搭乗時間を待つ人でかなり混雑していました。軽食を取りながら、家内はビール、私はコーヒーを頂きました。


JAL4便は定刻の18時20分になってもタクシングの状態で、窓から滑走路を見ると降りしきる雨の中で離陸の順番を待っている飛行機が5,6機見えました。私達の飛行機は定刻を30分ほど遅れて離陸しました。


安定飛行に入るとすぐに夕食の時間になりました。家内は洋食、私は和食をお願いしました。前菜から始まってメイン料理へと続き、食後にはデザートがでました。どれもとても美味しく、飛行機の中での食事とは思えないほどでした。家内はビールとワイン、私は日本酒を飲みながらの夕食でした。




お腹が一杯になると眠くなります。また、時差のことを考えると早めに寝ておかないと向こうに着いてからが大変です。シートをフラットになるまで倒して、その上にマットを敷きます。横になってブランケットをかけるとたちまち眠り込んでしまいました。目覚めた時には飛行機はシアトルの手前まで進んでいて、小腹が空いてきました。家内は洋食の、私は和食の朝食セットをお願いしました。かなりの追い風が吹いていたようで、飛行機は定刻より30分以上も早くジョン・F・ケネディ空港に到着しました。右下の写真は憧れのファーストクラスの座席です。


入国審査は自動化されていて、ESTA所持者はスムーズに手続きが完了しました。空港からはタクシーでブルックリンのホテルに向かいました。明日の乗船開始は午後1時からなので別の早い便ならその日に直接乗船することも可能でしたが、不測の事態に備えてフェリーターミナルに比較的近いホテルに泊まることにしたのです。途中にかなりの渋滞があり、ホテルに着いたのは午後7時頃になりました。ホテルのヒルトン・ブルックリン・ニューヨークはブルックリンの中心地にあり、乗船地には車で15分ほどで行くことができます。荷物を部屋に置いてから夕食に出かけました。


ホテルの周りには色々なレストランがあり目移りがしてしまいました。散策も兼ねて歩いているうちに、中華料理のテイクアウトの店を見つけました。店内でも食べられるのですが、とても混んでいたので持ち帰りにしました。ホテルに帰る途中でビールを買い、これで夕食の準備は完了です。部屋に戻って早速夕食です。これからの旅への期待に胸をふくらませながら、美味しく頂きました。


10月7日 土曜日 晴れ 乗船

時差の関係もあってか、午前3時半に目が覚めてしまいました。荷物のチェックなどをしながら、7時頃に近くのレストランに食事に行きました。ホテルのチェックアウトは午前11時だったので、精算を済ませてから荷物を預かってもらい船内で飲むワインを探しに出かけました。ワイン専門店でワインを買い、ついでに早めの昼食を済ませました。ホテルで荷物を受け取って、タクシーでフェリーターミナルに向かいました。クルーズのチェックインは午後1時からのはずでしたが、私達が着いた時には既に受付が始まっていて、巨大な体育館のようなビルには大勢の人が集まっていました。荷物を預け、予約手配書やパスポートを提示して受付を済ませたら乗船です。乗船の際には記念撮影がありました。



私達の乗るクルーズ船のリーガルプリンセスは総トン数142000トンで乗客定員3560人という巨大な船です。客室階だけで8階あり、全体で19階あります。船の全長は330メートルもあるので、船首から船尾に行くだけでも相当歩かなくてはなりません。食事をする本格的で大きなレストランが船内には4つあります。私達が泊まる部屋は14階ですが、指定されているディナー会場のレストランは6階にありました。



船の中央には5階、6階、7階が吹き抜けになっているラウンジがあり、ここが船内活動の中心になっています。ここで色々なイベントが開催され、バーやミニレストラン、各種の専門店がこの周りにあります。シアターやライブハウス、カジノなどもここからすぐに行けるので、いつも大勢の人で賑わっていました。



6階の船首の方には1000人以上入れそうな劇場があり、毎日色々なショーが開催されます。現地ツアーの集合場所にもなっていました。ここでのショーを3回見ましたが、ダンスあり歌有りのショーはとてもレベルの高いものでいつも満席でした。


船内には私達と同じように船内見学の人が大勢いました。主催者側でも乗客に少しでも早く船内の様子を知ってもらいたいという意図で、主要箇所を巡るスタンプラリーが用意されていました。全部のスタンプを集めると抽選で景品がもらえるというもので、その用紙を持って歩いている人がたくさんいました。もちろん私達も参加しました。



ブルックリンの対岸はマンハッタンなので、船の上階からはマンハッタンが良く見えました。さらにその先の自由の女神も見ることができました。ニューヨークから船出するんだという感じがしてきます。16階にあるシーウォークは船から張り出しているので、足の下方が透けて見えます。船出すれば、まさに海の上を歩く感じになるでしょう。




定刻の午後5時に船は出航しました。船での夕食はトラディショナルディナーとカジュアルディナーに分かれていて、船内の4つのレストランで食べられます。トラディショナルディナーは着席時間が予め決められていて、午後5時半と午後7時45分の二つがあります。私達は早いほうを希望していたので、夕食開始は毎日午後5時半からでした。ここでは座る場所も給仕する人も毎回同じなのがルールです。私達のテーブルは549番で、サーブするのはプーケットから来ているチュワイヤットさんとバリから来ている若者でした。


食中酒としてワインをグラスで頼みました。お代わりを頼むと、それならボトルにした方がいいとのアドバイスがありました。日本ではワインのボトルキープをしないので残った場合困るので躊躇していたのですが、ここではボトルキープできるのです。早速ボトルを注文しました。


食後散歩がてら船内を散策しました。フォトショップを覗いてみると、船のチェックインした時に撮った写真が私達のを含めて何百枚も飾ってありました。普段こういう写真の購入はしませんが、スタッフの説明ではクルーズ中撮影した写真全てと電子データをUSBに入れて249ドルということでした。写真1枚だけでも20ドルくらいするので、これはとてもリーズナブルです。プロが撮った見事な写真(被写体は別ですが。)をこの料金で購入できるのは願ってもないことです。早速契約して、最初の一枚を受け取りました。この後夜のショーがあったのですが、二人とも眠かったのでこれをパスして寝ることにしました。


10月8日 日曜日 晴れ後曇り後雨 ニューポート

部屋のバルコニーからは美しい夜明けが見えました。最初の目的地であるロードアイランド州にあるニューポートに到着しました。6時に16階にあるホライゾンコートでビュフェの朝食を取りました。このレストランは午前5時からオープンしていて、新鮮なサラダや焼きたてのパンに色々な料理を食べることができます。食後のデザートも豊富で、食べ過ぎないように努力するのが大変です。


今日は現地ツアーに参加します。ツアー参加者は8時15分にプリンセスシアター集合です。ニューポートの港は水深が浅いので、船は沖合に停泊したままで港との往復にはテンダーボートに乗ります。テンダーボート(はしけ)は緊急避難用のボートを兼ねていて、普段は船本体の側面に固定されています。これらが水深の浅い港では連絡船として活躍します。ツアーコースの番号がついているシールを胸に貼って、いよいよ観光開始です。


波が少しあったので多少揺れましたが、港に5分ほどで到着しました。桟橋を渡り港を出ると何台ものバスが待っていて、コース別にバスに乗り込みました。港町らしく魚介類を扱っているレストランや土産物店が軒を連ねていて、時間があれば寄ってみたいところです。


ニューポートは19世紀にアメリカの富豪達の別荘地として栄えた所で、地域全体が古都保存法のような法律で地域指定されていて今もその時代の建物が数多く残っています。最初に訪れたのは The Breakers と呼ばれるバンダービルト家の邸宅でした。イタリア・ルネッサンス様式の建物はニューボートでも最大の規模を誇ります。今は郡の文化財保存協会が管理しています。


門から建物の玄関までは暫く歩きます。建物に入ると、まずはグレートホールという大広間があります。写真では分かりませんが天井には金箔が施され、当時の富と権力を象徴しています。まるでヨーロッパの宮殿を見学しているような気持ちになりますが、ここはあくまで個人所有の別荘だったのです。


次に見たのは朝食の間です。ここに置いてある家具はパリの家具会社がフランス様式で製作したものです。家具や調度品の色使いや装飾の仕様がほとんどフランス風で、建物はイタリア風です。元々は移民としてヨーロッパからアメリカに来て財をなしたので、やはりフランスやイタリアへのあこがれがあったのでしょう。


バンダービルト家は19世紀に海運業と鉄道業で巨万の富を築き上げました。The breakers というのはこの建物の名前ですが、バンダービルト家のコーネリアス・バンダービルト二世が購入したものです。地域一の規模と豪華さを誇る建物そのものが一族の権勢を象徴しているようです。


見学の足を進めていくと、やがて2階の上層回廊といわれる場所に着きました。ここから海の方を見ると、敷地の最後まで広がるクリフウォークが見えます。breakers という名称も波が岸壁に打ち寄せる様子から付けられました。この回廊で記念写真を撮ってもらいました。


建物内を一巡したので、外に出てみることにしました。クリフウォークと呼ばれる広大な庭は、そのまま海岸線まで広がっていました。バンダービルト家は40人もの使用人を抱えていました。夏の訪れとともに一家と使用人はこの屋敷にやって来て、夏の終わりには僅かの管理人を残してニューヨークに帰って行ったのです。



下の左の写真は The breakers の隣の家です。お隣さんまでかなりありますね。下の右の写真は次に訪れたマーブルハウスで、バンダービルト家のウィリアム・K・バンタービルト夫妻によって建てられました。名前の通り、建物のほとんどが大理石でできています。ここも現在は文化財保存協会で管理しています。


下の左の写真はダイニングルームで、アルジェリアから輸入したバラ色の大理石が張り巡らされています。椅子は金張りのブロンズで作られています。天井や壁の装飾の素晴らしさにただただ圧倒されるばかりでした。下の右の写真は図書室です。この部屋はバンダービルト夫人の朝の居間として、また図書室として使われていました。


外に出てみると、ここにも広大な庭が広がっていました。庭の片隅には中国風の建物が建っていました。海運業を営んでいたバンダービルト家は中国との交易も多く、中国文化への関心が高かったようです。この建物で来客の接待をしたとのことです。ここまで来た時に天気が急に悪化して、大粒の雨が降り出したので急いでバスまで戻りました。


港までバスに乗り、再びテンダーボートに乗り込んで船に戻りました。時刻は午後1時近くになっていたので、船内のピザハウスでピザの昼食を取りました。ここは客の注文に応じてその場でピザを焼きます。焼きたての美味しいピザを頂きました。この日の夜はフォーマルナイトでした。ディナーには正装をして出かけ、その夜は正装のまま過ごすことになっています。家内は和装、私はダークスーツに立衿シャツとカマンベルトを着用し蝶ネクタイでレストランに行きました。


ディナーはメニューがあって、前菜、メイン、デザートから選ぶのですが、それぞれ何種類でも選ぶことができます。そんなに食べることはできないので、一つずつしか頼みませんでしたが、日によってはメインを複数にした日もありました。ちょうど私達が食事をしている頃に、ラウンジではキャプテン主催のシャンペンタワーが行われていました。


夜のショーは8時から始まります。夕食を終えた私達は同じ階にあるプリンセスシアターに向かいました。今夜はフォーマルナイトなので、シアターには正装の男女が多数集まっていて、本格的な劇場に来たような雰囲気でした。家内の和服はとても好評で、行き交う人々からビューティフル、アメージングという賞賛の声を頂きました。もちろん着物に対してですが。


10月9日 月曜日 曇り後雨 ボストン

船はボストンに午前11時に到着しました。港に直接接岸できるので、すぐに出かけることができます。この日は現地ツアーには参加せず、自分たちだけで観光することにしていました。もちろんボストンは初めてでしたが、大都市で交通機関も充実しているので地下鉄などを利用すればどこにでも行くことができます。ティーパーティー博物館とハーバード大学の訪問を計画していました。


ダウンタウンまでのシャトルバスを前日に予約していたので、港で待機していたバスに乗り込んで出発です。驚いたことにシャトルバスはスクールバスを借り上げたものでした。おかげでスクールバスに乗るという貴重な体験ができました。バスは港とクインシーマーケットの間を往復しています。クインシーマーケットまでは15分ほどで行くことができます。


クインシーマーケットでバスを降りた私達は、すぐに Boston Tea Party Ship & Museum に向かいました。これは世界史でも有名なボストンティーパーティー事件の博物館で、事件の起きた場所に当時の様子を復元した船を浮かべて博物館にしています。ボストンに行ったら必ず行こうと決めていた場所でした。



博物館では当時の衣装を着た解説員が芝居風に当時の様子を解説してくれました。その後、復元した船に移動して当時の紅茶の貿易について解説を受け、事件の時のように茶箱を川に投げ込むアトラクションまでありました。解説員の臨場感に満ちた説明を聞いた後で事件の再現ビデオを見たおかげで、アメリカ独立に至たる時代の雰囲気を大いに味わうことができました。



博物館から歩いて5分ほどの所にある South Station から地下鉄でハーバード大学に向かいました。South Station から5駅目の Harvard Station で降りると、ハーバード大学は目の前です。ここには大学の校舎を始めとした大学関係の施設がいくつもあって、いわば大学村のような地区になっています。駅の近くには大学のインフォメーションセンターがあるのですが、あいにく改装工事中で開いていませんでした。ここで地図をもらってから探索しようと思っていたのですが、自力で適当に行くしかなくなりました。


大学の構内は自由に歩くことができます。施設への立ち入りはできませんが、構内を歩いているだけで雰囲気は伝わってきます。行き交う大学生はどなたも優秀そうに見えてくるから不思議です。色々な国から留学に来ているようでしたが、日本人の姿を見ることができなかったのは残念でした。世界に学びに行く日本人留学生の数が年々減っていることは知っていましたが、対照的に中国人や韓国人留学生の増加を考えると日本の将来が不安になります。



Harvard Station 近くのレストランでちょっと遅い昼食を取りました。学生街のせいか値段が安く、量が多めなのが嬉しかったです。再び地下鉄に乗って来た時と同じルートを戻りました。Downtown Crossing Station で下車して、そこから集合場所であるクインシーマーケットまで歩きました。シャトルバスはすでに止まっていて、待たずに乗ることができました。船には午後4時半に戻りましたが、何故が我が家に戻ったような気になったのが不思議でした。


たくさん歩いて喉が渇いていたので、船内のジェラート専門店でアイスクリームを食べました。ケース内には何種類ものアイスクリームが並んでいて、コーンかカップかを決めてから好みのアイスクリームを注文します。夕食前なのでイチゴを1スクープだけ頼み、二人で分け合って食べました。


私達の部屋は14階の512号室ですが、船内には1500室以上の部屋があります。遠目からも分かりやすいように、部屋の入口には花を飾っておきました。もちろん造花ですが、日本から持参したものです。夕食は5時30分からなので、部屋に戻ってすぐに着替えてレストランに向かいました。


今夜で3回目のディナーなので、だんだんと要領が分かってきました。前菜、メインの順番にこだわることなく、自分が食べたいものを中心に選ぶことができるようになりました。メインが二つになっても構わないのです。ただ、その分食べ過ぎには注意が必要です。6時から始まった夕食は8時に終了し、それからフォトショップに行きました。ニューポートで撮ってもらった写真を展示ブースから探し出して受け取るためです。何百枚もの中から探し出すのは結構時間がかかります。写真を受け取り、そのデータをUSBに保存してもらいます。 今日はかなり歩いたのでショーはパスして、船内のスパの予約をしました。




10月10日 火曜日 晴れ バーハーバー

この時期は午前7時頃にならないと夜が明けませんが、朝6時頃の暗い海にパイロットボートが私達の船に近づいてきました。パイロットというのは水先案内という意味ですが、海底の地形が複雑な所や水深が十分ない場所などを航行するにはパイロットボートの助けが不可欠です。ボートは船に寄り添うように航行を続けていました。今日はメイン州のバーハーバーです。


今日は現地ツアーに参加しますが、私達のツアーは午後からです。午前のツアーに参加する人を乗せたテンダーボートが船と港の間を何回も往復していました。今日は風もあまりないので、ボートの運行は順調に行くでしょう。私達は午前中をのんびり過ごします。


船内にはスポーツジム、ジョギングコース、バスケットコート、ゴルフ練習場などの運動施設があって、いつでも自由に使うことができます。私達はジムに行ってウォーキングマシーンを利用しました。約2キロほど歩いてから、ゴルフのミニ練習場などにも行ってみました。



お昼はホライゾンコートのビュフェで食べました。朝のメニューとはすっかり変わっていて、中華料理なども並んでいました。午後1時にテンダーボートに乗り込んで、バーハーバーの桟橋に向かいました。波もほとんどなく、瞬く間に港の桟橋に着きました。桟橋を渡るとレストランがあり、その中を通り抜けるとツアーの集合場所である広場があります。


バーハーバーはメイン州のマウントデザート島にある港町です。通りには土産物店や海鮮レストランが軒を連ねています。バスの出発まで少し時間があったので、街の中を見物して回りました。午後2時30分、広場からバスに乗って出発です。今日はアカディア国立公園とカディラック山を観光します。


バスは1時間ほどで公園に到着しました。アカディア国立公園はメイン州唯一の国立公園で、ロック・フェラーなどの個人の寄付によってできた自然公園です。公園内にあるカディラック山は標高467メートルの低い山ですが、東海岸沿いの山では最高峰です。10月から3月にかけては、アメリカで最初の日の出が見える場所になっています。


山の頂上からは沖合に停泊しているリーガル・プリンセスが見えました。近くの島よりも船の方が大きいようでした。長年風雨にさらされてごつごつした岩だらけの場所でしたが、素晴らしい眺めを堪能することができました。豊かな自然が残っていて、ヘラジカやアメリカクロクマ、オジロジカなどのほ乳類が棲息しているとのことです。



午後5時にテンダーボートで船に戻りました。本日はイタリアデーということで、ディナーのメニューにはイタリア料理が加わっていました。給仕の人たちもイタリア的な服装(?)になっていて、雰囲気を盛り上げていました。本日、ワインのボトルを一本追加しました。



夜のショーは8時からプリンセスシアターで始まりました。とても素晴らしいショーなのですが、二人とも早起きの寝不足続きの上に満腹とあって起きていられません。ほとんど爆睡状態になってしまったのが残念でした。ショーが終わってから写真のチェックをして部屋に戻りました。ラウンジはダンスの時間になっていて、大勢の人がダンスに興じていました。明日からカナダに入ります。時差が1時間あるので時計の針を1時間進めなくてはなりません。また寝不足に拍車がかかりそうです。


10月11日 水曜日 晴れ セント・ジョン

今日からカナダです。私はカナダには2度ほど来たことがありますが、東海岸沿いの街を訪ねるのは初めてです。プリンセスシアターに7時30分に集合して、ツアー毎に出発します。船は直接港に接岸しているので、船を下りてから歩いてバスまで向かいます。


下船したところにはフォトショップのスタッフが待っていて、漁師に扮した姿で一緒に記念撮影です。撮った写真は翌日には展示されますが、数千枚の写真撮影と印刷、展示で彼らはかなりのハードワークだと思います。それでもいつも笑顔で対応しているのはさすがです。外ではバスが待っていて、それに乗り込みました。


10分くらいバスで行ったところに列車が止まっていました。駅のようには見えない場所でしたが、とにかくその列車に乗り込みました。これからこの列車でリバーシング・ラピッズ(Reversing Rapids)を見に行くのです。この時には何故列車に乗るのかが分からなかったのですが、少し後でその理由が分かりました。


リバーシング・ラピッズとは川の逆流現象のことで、カナダの東海岸に170マイルにわたって延びるファンディ湾の激しい潮の流れによって起こる現象です。満ち潮によって潮の移動する際に湾内の狭い地形の所を通るのですが、急に狭められて流速と水量の増した潮が激流のように逆流していくのです。この現象を間近に見るには湾に架かる橋の上がベストです。そこで列車は鉄橋の中程で停止しました。


逆流現象を見物した後、列車はそのままバックして最初の場所に戻りました。そこには先ほどのバスが待っていて、私達は再び乗り込みました。バスの中から街並みを見ながら港に戻ります。港には3隻の大型クルーズ船が停泊しており、バスのガイドさんの話では今日だけで3隻合わせて1万人がこの街に来ているとのことでした。人口3万人の街に1万人の観光客が来ているのです。


バスは10時に港に到着して、ツアーはここで終了となりました。昼食までにはかなり時間があったので、この街を散策することにしました。近くには大型ショッピングモールなどもあって、お土産にカナダのものが買えるかもしれません。家内も興味津々のようでした。


日本のショッピングモールと比べるとかなり地味ですが、その分ケバケバしさがなく落ち着いて見て回ることができます。カナダドルは持参していましたが、アメリカドルを使うことができます。アメリカドルなら表記された商品価格の20パーセント引きで買うことができます。家内はここで自分用のお土産を買っていました。


カナダにも百均がありました。ワンダラ・ストアという店名で、1ドル商品を中心に品揃えをしていました。オーナーは中国人のようでしたが、親切丁寧な応対で驚きました。フードコートがあって美味しそうな臭いが漂っていましたが、お昼は船で食べることにしていたのでここは我慢です。ここからゆっくり歩いて船に戻りました。


昼食はホライゾンコートのビュッフェでした。食べ過ぎてはいけないと思いながら、気がつけばご覧の有様です。できるだけ野菜を中心に食べるようにはしていますが、並んでいる料理を見るとついつい手が伸びてしまいます。来月には内科の定期検診があるので、注意しなければいけないのですが。


午後2時30分からスパの予約をしていたので部屋で待っていると、午後2時過ぎに電話があって今からできるとのことでした。スパは5階にあります。フェイシャルやボディマッサージ、アロマにオイルを使ったマッサージなど様々なマッサージができます。また大きなジェットバスもあって、とても船の中とは思えないほど充実した施設になっています。私は左肘が痛かったので、そこを中心にオイルマッサージをしてもらいました。


今夜は二度目のフォーマルナイトです。正装に着替えてレストランに向かいました。家内は今夜も和装です。ディナーはロブスターを頂きました。家内はスターターにエスカルゴを注文しました。メインは二人ともロブスターです。ウエイターにエビの殻を外してもらい、私達はそれを口に運ぶだけです。身はプリプリしていて、ソースとの相性も抜群でした。




家内の和服は今回も大好評で、行き交う人々から賞賛の声を頂きました。Amazing などという言葉は彼女の人生の中で初めて頂いた言葉だと思います。クルーズ参加者のほとんどはアメリカ人で、ニューヨークやシカゴ、アリゾナなど全米の各地から参加しているようです。他に中国人や韓国人などもいましたが、特に民族衣装ということでもなかったので家内の和服が目立ったのでしょう。カナダにはいってから気温がだいぶ下がってきました。明日のハリファックスはかなり寒いことでしょう。


10月12日 木曜日 晴れ ハリファックス

今日の朝食はルームサービスです。昨夜のうちに7時に持ってきてもらうように頼んでおきました。私の人生で2度目のルームサービスでした。レストランで食べてもルームサービスで食べても無料ですが、なかなか頼むタイミングがなかったので今朝が初めてになりました。食事を終えてデッキに出てみると、外は気温がかなり低く風も吹いていました。防寒対策をしっかりして出かける必要があります。


船は午前9時にハリファックスの港に着岸しました。今日は現地ツアーに参加して、ペギーズ・コーブやビクトリアガーデンなどを一日観光します。ハリファックスはノバスコシア州の州都で、カナダ大西洋地域最大の都市です。かつてはイギリスの北米重要軍事拠点でした。今はウオターフロントとして商工業が隆盛していす。


ツアー参加者は船を出たところにあるバスターミナルに集合でした。各寄港地でもそうでしたが、船内は基本的に外国扱いなので、船外に出るときはパスポートが必要です。船の方でも出ていく人をチェックし、パスポートを提示してターミナルに入ります。ターミナルの外には行く先別にバスが用意されていて、私達はピンク色の大きなバスに乗り込みました。


ターミナルで記念撮影をしたら、ペギーズ・コーブに向けて出発です。瀟洒な建物が並ぶ街の中をバスは走りました。ハリファックスにはアイルランドからの移民が最初に入植し、遅れてスコットランドや他のヨーロッパの国々からの移民が入植したそうです。街はアイルランド系の人々が住む地域やスコットランド系の人が住む地域などに分かれているとのことでした。不見識な私には見た目の違いがよく分かりませんした。


岬に向かう車窓からは色づいている木々が見えました。カエデの葉は特に赤く色づいていて、とても見事です。今朝の気温は10度以下でしたが、日中の気温は14,5度くらいにはなっていたでしょうか。途中にはきれいな池なども散在していて、車窓からの景気を堪能しながら行きました。


バスは30分ほど走ってペギーズ・コーブの駐車場に到着しました。ここで1時間余り自由に散策します。赤い屋根と白い壁の灯台は大西洋の海の青と相まって、素晴らしい眺めになっています。地元でも大変人気のある場所だそうで、特に夕日が素晴らしいそうです。この灯台は1914年に建設され、現在も現役として活躍しています。




この地は19世紀の初頭に漁村としてスタートし、現在もロブスターなどの漁が盛んに行われています。小さな入り江のような所には小さな漁船が何隻も係留されていました。昔は300戸くらい家があったそうですが、今でも30戸ほどの漁師の家が点在しています。


左下の家の前にカニカゴが摘んでありますが、これでロブスターを捕まえます。カゴが黄色などに塗ってあったのでこれは観光用かなと思っていましたが、ロブスターの好きな色なのだそうです。この家では昼間だけだと思いますが、観光客相手に銀細工の土産物を売っていました。外は冷たい風が吹き付けてくるので、少し早めにバス戻りました。


海の景色を堪能した後は港の近くまで戻り、Murphy's restaurant で昼食でした。Murphy's は海岸沿いにある海鮮系のレストランで、時間は午後1時を過ぎていましたが、店内は大勢の人で賑わっていました。昼食後は自由時間で、近くにある Maritime Museum 海事博物館を見学するもよし、付近を散策するもよしで博物館前に3時に集合ということになりました。


お昼は lobster wrap で、これはブリトーの生地でロブスターの肉と野菜をくるんだものでした。ロブスターと生地の相性が素晴らしく、味加減も良くてとても美味しかったです。私達が食べている間にガイドさんが博物館の入場券を配ってくれました。4人用のテーブルだったので別の二人連れとの同席でしたが、この時心に残る体験がありました。彼女たちは中国系のアメリカ人で、中国から渡ってきて市民権を取得した方々でした。一人の彼女の夫はアメリカの軍人として戦争に参加し、日本にも駐在していたことがあるそうです。私達が日本を守っているのよ、という彼女の言葉は私の心に響きました。


近くの博物館まではレストランの裏手から延びている桟橋を歩いていくことができます。大西洋の上を歩きながら博物館へと向かいました。正式には Maritime Museum of the Atlantic で大西洋海洋博物館といいます。ここにはノバスコシアの海の歴史が展示されていますが、私達が訪問した時は海難事故の特別展をやっていました。


1912年4月14日に北大西洋で起きた豪華客船タイタニック号の遭難は世界的にも有名ですが、そこから1000キロ以上離れたハリファックスも大いに関係がありました。遭難そのものには関係していませんが、事故後200体を超える遺体がハリファックスに漂着したそうです。遺品として残されているのは、1脚の椅子だけですがこれが展示されていました。



博物館前に3時に全員集合して、次の目的地であるHalifax Citadel に向かいました。これはイギリスが北米の軍事拠点として1828年から30年かけて建設した要塞で、星の形をしています。函館の五稜郭のモデルにもなっています。入口には衛兵が立っていましたが、現在は軍事施設都市ではなく当時の歴史を展示する博物館として利用されているようです。


要塞の外壁に沿って一周歩いてみることにしました。外壁は星の形をしているそうですが、それは空から見ないと分かりません。歩いてみるといくつかの角があって、要所要所には大砲が配置されていました。このうちのどれかが、毎日正午に空砲を鳴らすセレモニーが行われているらしいです。



要塞の外壁の上から遙か大西洋を望むと、私達の船が見えました。要塞から攻撃すれば十分に射程距離に入ります。こうして大西洋岸の守備に当たることになっていたのでしょうが、実際には一度も使われることなく軍事訓練などに利用しただけのようです。


今日のツアーの最後の訪問地は Halifax Public Gardens でした。イギリスのビクトリア女王に愛されたことから、ビクトリア公園と呼ばれています。開設150年周年を迎えたことを祝う植栽がされていました。エリザベス女王も2012年に訪れたそうです。園内にはこの寒さの中で、色々な花が咲いていました。日本なら6月頃に咲く花がこの時期咲いていました。


パブリックの公園ですから誰でも入れるのですが、気温が下がってくる夕刻近くの公園は人影もまばらでした。その分、観光客の私達は園内をゆったりと歩くことができました。 今回のクルーズでの観光はこれで終わりです。明日は一日航海でひたすらニューヨークに戻ります。それにしても10月半ばだというのに、ここハリフアックスはとても寒かったです。船での暖かいディナーが待ち遠しくなりました。



午後5時に船に戻りました。ディナーは5時半からです。カジュアルな格好に着替えてからレストランに向かいました。クルーズが後一日となり、こうして素敵なディナーが食べられるのもこの日を入れてあと2回です。今日は一日観光してきたので、いつもより美味しく食べられそうです。一日遊んできて座れば美味しい料理がやってくる、クルーズが段々名残惜しくなってきました。




8時からプリンセス・シアターでショーが始まりました。今夜はミュージカルのダイジェスト版です。マンマミアやシカゴ、コーラスラインなどの人気ミュージカルの名場面を次々に披露してくれました。歌も踊りもハイレベルで観客も大喜びです。ショーの終わりには観客総立ちのスタンディングオベーションでした。上質のショーを見た後は、ジェラート専門店のアイスクリームで喉を潤しました。今夜はよく寝られそうです。


10月13日 金曜日 晴れ 一日クルージング

今日は一日航海です。ハリファックスからニューヨークに戻る航海です。夜の8時までに荷物をまとめて、ドアの外に出しておかなくてはなりません。荷物には下船の順番を示すタグを付けなくてはなりません。団体と個人旅行、行き先別に41のグループに分けられ、それぞれ違う集合時間と集合場所が割り当てられています。私達はマンハッタンでのホテルのチェックイン時間を考慮してレイト・チェックアウトを希望したので、最後から7番目の下船になっています。紫色の1番のタグをバッグに付けますが、それぞれのタグは昨夜のうちに各部屋に配られていました。

朝6時にホライゾンコートで朝食を取りました。お粥と味噌汁が用意されていたので、それとサラダを頂きました。デザートは日本では季節外れのスイカでした。


船の中には2カ所の喫煙所があります。6階のカジノの隣の部屋と17階の船尾にあるラウンジです。ラウンジにはコーヒーなどのコーヒーが用意されていて、コーヒーを飲みながらダバコを吸うことができます。私は水平線から昇ってくる朝日を見ながら、右手にコーヒーカップ、左手にはタバコです。


荷造りは午後からでも間に合うので、午前中はのんびりです。二人でジムに行って汗を流すことにしました。ウォーキングマシーンで歩いてから、ストレッチをしました。家内はバランスボールでした。ジムにはタオルが用意されているので汗をかいても大丈夫です。今日は現地ツアーがないので、ジムには大勢の人が来ていました。


10時からプリンセス・シアターでクッキングショーが開催されました。船には料理に携わる人が総勢615名いて、この二人の監督の下に働いています。二人は絶妙なトークを交えながらシーザーサラダ、ケーキ、チキン料理の作り方を披露してくれました。さらにフロアーマネージャが得意の喉でお別れの歌を歌ってくれました。


ショーの後は厨房の見学です。普段は立ち入ることのできない料理の舞台裏を見学できるのは、又とないチャンスです。厨房は16階にあって、大きな工場のようでした。磨き上げられたステンレスの調理台や戸棚などが所狭しと並んでいました。ここで客の注文に応じて次々に料理ができてくるのです。乗客3500人、乗組員1000人の食事を作るということを想像するのは困難ですが、一人一日1キログラム食べるとしても4.5トンの調理をしなくてはなりません。実際にはもっと多いと思いますが。24時間営業のレストランもありますから、2交代、3交代で対応しているのでしょう。



ワインセラーには沢山のワインが並んでいました。乗船者の数を考えればこれらは当座使うもので、他に大きなワインセラーがあるものと思われます。厨房見学の最後には、先ほどショーを見せてくれた二人が自著の料理の本の頒布会をしていました。買いたいと思いましたが、すべて英語で専門用語も多いことからあきらめました。


昼食をホライゾンコートで取ってから、暫く船内の散歩をしました。どの乗客も今日はのんびりとした雰囲気で、思い思いの時間を過ごしています。私達もプールサイドのアイスクリームショップで、デザートにアイスクリームを食べました。このようなまったりとした時間を過ごせることがクルーズの大きな魅力です。何かと気ぜわしい日常から離れて、のんびりと自分の時間を過ごす。贅沢というのはこういうことをいうのでしょう。



船内をゆっくり見て回れるのも今日が最後です。一週間居てやっと何がどこにあるのか分かってきたので、じっくりと船内の施設を見て回りました。船内にはプールやジャクジーが何カ所もあって自由に入れるのですが、あいにく気温が高くないので入りませんでした。一応用意はしてきていましたが、使わずに終わりました。




船の全長は400メートル近くありますから、各階をぐるりと見て回るだけでかなりの距離を歩くことになります。一通り見て回ったので部屋に戻ることにしました。途中のレストランでコーヒーをもらい、部屋のデッキでコーヒーブレイクです。船内の客室はスイート、セミスイート、バルコニー付きの部屋、窓付きの部屋、窓なしの部屋など5,6種類あります。もちろん料金は部屋によって異なりますが、海を見ながらのんびりできるバルコニー付きの部屋がお勧めです。


午後3時半からラウンジで輪投げ大会が開催されました。誰でも自由に参加できます。取りあえず私を含めて10人がエントリーしました。5回投げて5本の的に投げ入れます。的によって点数が異なり、一番難しい真ん中が25点です。10人が投げ終わった段階で、トップは25点獲得の初老の男性でした。私はひとつも入りませんでした。他に希望者はいませんか、の呼び声で家内が手を上げました。そして25点と5点の的に輪を投げ入れて、30点をゲット。結局終わってみれば家内がトップになりました。そして見事に賞品のシャンパンを獲得したのでした。



明日の朝まで使うものを別にして、荷造りが完了しました。紫色のタグを取り付けて、荷物を部屋の外に出しました。今夜はクルーズ最後のディナーです。ディナーはここでだけというはなく、船内にある他のレストランでも食べることができます。しかし私達は最後までここでディナーを取りました。ワインをキープしているということもありますが、何よりも居心地が良かったからです。サーブしてくれる人とも仲良くなりましたし、メニューも豊富でどれも素晴らしい味でした。


この船は明日の朝にはニューヨークに帰りますが、午後から再び同じコースをクルーズします。そして来月からはマイアミからカリブ海をクルーズするそうです。サーブしてくれたチュワイヤットさんの話では、今回のクルーズの前はノルウェーの方を回ってきたそうです。北から南へと移動しながら、来年の3月までこの船で働くといっていました。そして2ヶ月のオフがあって、それからまた世界中を回るとのことでした。



コース料理が終盤に近づいた頃、突然アナウンスがあってナプキンを振り回すように言われました。それと同時にコックや給仕の人が同じようにナプキンを振り回しながら踊り出しました。クルーズ最後の夜なので、きっとそれがお別れの挨拶なのでしょう。本当にお世話になりました。


私達がディナーを取っている頃に、ラウンジではピアノとソプラノ歌手による独唱会が始まっていました。フロアー一杯に広がる歌声をもっと聞いていたかったのですが、8時からはショーが始まるのでそちらに向かいました。観客の集まる時間がだんだん早くなっているので、もたもたしていると座席がなくなってしまいます。


プリンセスシアターは満員の状態で、立ったまま見ている人もいました。今夜も歌と踊りのショーですが、毎回演目が変わり観客を飽きさせません。こうして毎日のようにショーが見られるだけでも、このクルーズに参加して良かったと思えます。ショーは8時からと9時からの2回行われますが、早起き鳥の私達には8時からのショーが時間的に限度です。この日も楽しいショーを見ることができました。


ラウンジではオクトーバーフェストと銘打って、催しが行われていました。私達が行ったときにはビールジョッキを片手で持つ耐久レースの最中でした。水を入れたジョッキを片手でどれだけ長く持っていられるかを競うゲームです。単純ですがハードなゲームです。一人脱落、また一人脱落し、最後まで持っていた人には賞品のシャンパンが贈られました。


10月14日 土曜日 曇り ニューヨーク

船は予定通りに、午前6時にニューヨークに到着しました。港に近づくにつれて、遠くにマンハッタンの灯りが見えてきました。夜明けは7時頃ですから、まだ暗い中を船はゆっくりとターミナルまで進んでいきました。ライトアップされた自由の女神やマンハッタンの高層ビルなどが見えてきました。



お粥とスイカを中心に、クルーズ最後の食事をゆっくり味わいました。旅に出るとバランスのよい食事を取るのはなかなか大変ですが、ここでは野菜をふんだんに取ることができます。ヨーグルトやフルーツもお好みのままです。海の見える窓側の席に座って、明けゆくニューヨークの景色を見ながらの朝食でした。


着岸するとすぐに下船が始まりました。最初の下船グループは6時45分からで、それからほぼ10から15分刻みで10時25分まで続きます。私達は9時50分集合でそれから下船なので、少しゆっくりできます。右下の写真は私達の部屋のトイレですが、水を流すのに少し工夫が要りました。家内がなかなか慣れず困っていましたが、私は毎回順調に使えました。思い出のトイレです。


ターミナルには空港までの送迎バスや出迎えの車がたくさん止まっていました。私達は遠方から来ていますが、ニューヨーク近郊に住んでいる人なら、家族が出迎えということもあるでしょう。自分の車で来ていた人もいるようで、駐車場に止めてある車に大きな荷物を詰め込む人の姿も見えました。


集合時間までには2時間以上あったので、一週間過ごした船の中をもう一度見て回ることにしました。左下の写真は廊下に飾ってある写真ですが、船の様子が分かると思って撮影しました。また右下の写真もその近くにあったものですが、この船で働いている人の数や様子が分かると思い撮影しました。これに乗客3500人が加わると4500人で、小さな町の人口に匹敵します。驚くばかりです。


毎日のように朝食と昼食でお世話になった16階のレストランの様子を撮影しました。このレストランは16階の半分近くを占めていて、ホライゾンビストロとホライゾンコートに分かれています。しかし2つはつながっていて自由に往来できるので、両方から好きなものを持ってきて食べることができます。



前菜、パスタ、シリアル、パン、お粥、肉料理、野菜料理、サラダ、フルーツ、ケーキなどがそれぞれ何種類も置いてあります。ソフトドリンクはもちろんのこと、座っていれば暖かいコーヒーがすぐに運ばれてきます。食べる工夫よりもいかに食べ過ぎないようにするかを考えないと、船を下りる頃には数キロ太ることは確実です。



トラディショナルディナーを毎晩味わったレストランはこれとは別にあります。私達は Allegro Dining Room を利用しましたが、そこでは下の写真のメニュー(中身は毎回少しずつ違いますが)で注文しました。メニューの中には分かるものもありましたが、出てきてみないと分からないものもありそれが楽しみでもありました。


ホライゾンコートでコーヒーを飲んだら、いよいよ下船です。私達は遅い時間の下船なので、もうかなりの人がいなくなりました。いつも大勢の人で賑わっていたラウンジも、今はひっそりとしています。皆さんそれぞれの思い出を胸にして、我が家へと帰っていったのでしょう。


35番目に下船する紫色1番のグループ(Purple 1; LATE INDEPENDENT arrangements)は9時50分にプリンセス・ライブに集合です。時間になると順番に船を下りてターミナルビルに向かい、入国審査を受けます。それから荷物を受け取り税関検査です。ビルを出たところにはタクシーが止まっているので、そのうちの一台に乗り込みました。Good bye Regal Princess !


ここまで長々と辛抱強くご覧頂き、感謝に堪えません。クルーズの7泊8日が終わり、後半のニューヨークの3泊4日が始まります。もう少しご辛抱頂ければ幸いです(笑)。

タクシーで一路マンハッタンの Hotel Saint James に向かいました。スマホやナビの普及でアメリカのタクシーはだいぶ変わってきました。以前はストリート名を言えばすぐに分かってもらえたのですが、今は住所を聞いてそれをスマホやナビに入力して、それを頼りに運転しています。かなりの運転手が道不案内なのです。何とかホテルまでたどり着きましたが、時間はまだ11時。チェックインしてもらえるか不安でしたが、快く受け付けてもらえ部屋に荷物を運び込むことができました(ちょうどトイレの修理中でした。)。荷物がなくなれば、いよいよマンハッタン探訪です。私達は今夜を含めてニューヨークに3泊します。


ホテルからタイムズ・スクウェアまでは徒歩2分。そこからブロードウェイを歩いてエンパイア・ステート・ビルディングに向かいました。昼食は道端のトルコ料理の屋台でブリトーを買って食べました。これがかなりのボリュームで、二人で分け合って食べました。一緒に頼んだトルココーヒーはイマイチでした。


私は今回のニューヨーク観光のために、シティパスを購入していました。これはニューヨークの主な観光スポットの入場券が6枚綴りになっていて、割安料金になっています。インターネットで購入し、その引換券をプリントします。これを観光スポットの最初の訪問先でパスと交換するという仕組みになっています。エンパイア・ステート・ビルディングの券売所でパスと交換して、いよいよ入場です。最初のエレベーターで80階まで行き、そこで別のエレベーターに乗り換えて86階に行きます。ここが展望台になっていて、金網越しにマンハッタンを眺望することができます。


このビルより高いビルはいくつもありますが、知名度ではナンバーワン。大勢の観光客が押し寄せていました。天気が曇りなので眺望があまりききませんが、それでも新しくなった世界貿易センタービルなどが望見できました。やはりここに来ないとニューヨークに来た気持ちがしないと思います。別料金でさらに上階まで登れますが、天気が良くないのでパスすることにしました。



ホテルに戻る途中にメイシーズ(アメリカのトップクラスのデパート)があったので、覗いてみることにしました。家内はアメリカの調理器具に関心があったので、8階の売り場に直行しました。そこで自分用のお土産としてトングなどの3点セットを購入しました。木製のエスカレーターが印象的でした。


ブロードウェイを引き返してホテルへと向かいました。今日は土曜日ということもあってか、タイムズ・スクウェア周辺は大変な混雑です。歩いている人も色々な国の人々がいるようで、肌や髪の色、話す言葉も多彩でした。


幸いにもホテルの隣がデリカショップなので、そこで夕飯を購入しました。総菜が豊富でサラダやフルーツなども充実していました。ビールとコーヒーにスープも買って、全部で27ドルくらいだったでしょうか。ホテルの部屋でゆったりと味わいました。


タイムズ・スクウェアの近くにホテルを取ったのは、ブロードウェイのミュージカルを見るためでした。ショーが終わるのはたいてい夜遅くで、そんなときに帰りのタクシーを捕まえるのは大変なことが多いのです。だから歩いて帰れる近くのホテルを選びました。今夜のショーは午後8時からブロードウェイシアターで行われる「ミス・サイゴン」でした。


ブロードウェイの人気があるミュージカルはどれもそうだと思いますが、チケットの事前予約は必須です。半年前くらいから予約活動を始めなければ希望の席は入手困難です。このミス・サイゴンも5ヶ月前から予約活動を始めましたが入手できず、プレミアムのついた割高のチケットになってしまいました。ショーはとても素晴らしく、抜群の歌唱力を堪能することができました。ショーが終わったのは10時45分でしたが、帰り道にあるタイムズ・スクウェアはまだまだ大勢の人で賑わっていました。


10月15日 日曜日 曇り時々晴れ ニューヨーク

隣のデリカショップで朝食を購入し、ホテルの部屋で食べました。今日の予定は当初自由の女神などを見に行くことにしていましたが、日曜日の混雑を避けて明日に変更し、今日はメトロポリタン美術館に行くことにしました。開館時間は午前10時なので、それに合わせて行動です。まずは42番街にあるグランド・セントラル駅に行き、そこから地下鉄6号線で86番街駅を目指しました。グランド・セントラル駅には地下鉄を含め多くの路線が入っているので、各地に向かう人々で混雑していました。駅舎は大きく、とても豪華な作りになっていました。


前にも書きましたが、ニューヨークの地下鉄は便利で快適です。料金はシングルチケットで3ドルですが、路線内ならどこまでも行くことができます。回数多く乗る場合にはお得なチケットもあります。86番街駅で降りて5分ほど歩くと美術館が見えてきました。時間が早いせいか比較的来場者は少なそうでした。


美術館は1階から3階まであり、アメリカ、ヨーロッパといった地域別と古代・中世、近代別に展示されています。私達はまず2階にあるヨーロッパの近代絵画の展示会場に向かいました。そこにはゴッホ、ルノワール、モネ、マネ、ピッサロといった巨匠達の作品が展示されています。家内はピッサロの農夫の絵が気に入ったようでした。


館内には日本美術のコーナーがあり、竹をモチーフにした作品を中心に数多くの作品が並んでいました。外国に来て日本人芸術家の活躍を見るのは嬉しいものです。まだ来館者が少ないので、一つ一つの作品をじっくり見ることができたのが何よりでした。展示室は101番から963番まであって、とても一日では見て回れません。



アメリカ美術では絵画や彫刻の他に家具、調度品が展示されていて、ニューポートで見たような豪華な家具や食器などが展示されていました。2時間くらい見て回ってお昼の時間になったので、1階にあるカフェでランチにしました。カフェの外はセンタラルパークなので、公園の緑を鑑賞しながらのランチでした。


美術館はセントラルパークの一角にあるので、公園の中を散策しながら帰ることにしました。セントラルパークはマンハッタンの59番街から北に広がる巨大な公園で、美術館から南に歩いて公園を出るまでに早足でも30分くらいかかります。園内には観光客はもちろんですが、日曜日なので地元の家族連れの人々が大勢いました。園内には動物園もありました。


景色を見ながらゆっくり歩いたので、小一時間ほどかかって公園の出口(入口)に着きました。公園から一歩出れば高層ビル街が広がっています。このコントラストがまた素晴らしいと思います。ここから先は5番街を南下していきます。


トランプタワーは5番街の東側にあります。入口にはニューヨーク市警のポリスが何人も立っていて、入館するには持ち物チェックとスクリーンチェックがあります。それさえパスすれば誰でも入館できるので、私達も入ってみることにしました。1階と2階はショッピングモールのようになっていて、そこまで一般の来館者は入ることができます。


建物のインテリアはトランプ大統領の趣味なのか、壁も床もほとんど金色を基調にしていました。正面にエスカレーターがあって2階に行くことができます。3階より上はオフィスとマンションになっているので一般の人は立ち入り禁止です。要所要所にはシークレットサービス(警官かな?)の人が立っています。


1階と半地下のところにカフェやショップがあって、自由にくつろぐことができます。料金は比較的抑えめのようで、私達にも利用できそうでした。


1階にアイスクリームショップがあったので、アイスクリームを買って休憩することにしました。1カップ3ドルだったので、二人で1つずつ買い、近くのテーブルで食べました。場所柄から見て高いかなぁ、と思っていましたが、意外な値段でした。味はもちろん素晴らしく、プラスチックのスプーンは金色をしていました。右下の写真はトイレへ行く通路です。


トランプタワーを後にして、5番街を南下していきます。道路の両側には大きなビルが建ち並び、ニューヨークの経済力を見せつけています。今日は日曜日ということもあって、通りを走る車は少なく歩行者も観光客だけのようでした。


やがて進行方向左側にセント・パトリック大聖堂が見えてきました。この教会は全米最大のカトリック教会で、19世紀末に完成しました。私達が通ったときには、ちょうどミサが行われていました。ここまで来ればホテルまであと5ブロックと少しです。午後3時半にホテルに帰り、夜のショーに備えて1時間ほど昼寝をしました。起きてからシャワーを浴びて、すっきりしてからショーに出かけました。


今夜のミュージカルはウィキッドです。ガーシュウィン・シアターで7時から始まります。ホテルを6時に出て劇場へと向かいました。ウィキッドはかねてから見たいと思っていたミュージカルで、挿入されている歌も大好きです。どのように演じてくれるか大いに楽しみです。



会場はほぼ満席でした。ショーは予定通り7時に始まり、途中に15分ほどの休憩を入れて9時45分まで続きました。予想通りの素晴らしい歌と踊りではるばる見に来た甲斐がありました。筋書きは分かっているので意外性はありませんが、出演者の演技力と歌唱力は抜群であっという間に時間が過ぎてしまいました。


帰る途中にデリカショップで夕飯を買って、ホテルの部屋で遅い夕食になりました。今日は本当に良く歩いた一日でした。

10月16日 日曜日 曇り ニューヨーク

歳のせいか前日の夜がどんなに遅くても、早くに目が覚めてしまいます。午前5時半に目が覚めて、隣のデリカショップに朝食を買いに行きました。今日は9.11メモリアル・ミュージアムと自由の女神を見に行きます。ミュージアムは9時開館なので、ホテルを8時半に出発しました。近くのタイムズ・スクウェア駅から地下鉄の1号線に乗りました。


ミュージアムに行くにはコンラッド駅で下車すると近いのですが、9.11の時に破壊されて現在も復旧工事中でした。そのため手前のチャンバー・ストリート駅で降りて歩きました。途中には新しい世界貿易センタービルがあり、さらに進むとミュージアムが見えてきました。


2001年の同時多発テロでツインタワーを始め、7つのビルが崩壊しました。翌年から再建工事が開始され、2014年までに再建工事が完了しました。記念博物館であるメモリアル・ミュージアムは2014年にオープンしています。ミュージアムにはシティパスで入場でき、セキュリティチェックを受けてから入館です。入ってすぐのところに焼け残った大きな鉄骨の支柱が展示されていて、まず驚かされました。頑丈なはずの鉄骨がゆがんだままで展示されていました。さらに衝突の際に砕け散った鉄骨なども展示されていて、想像を超える破壊力を思い知らされます。


この石造りの階段は「希望の階段」と呼ばれていて、この階段で脱出した人だけが生還できたのです。また元のビルの基礎部分が当時の姿のままで展示されていました。頑強な基礎の上には超高層ビルが何棟も建っていたのに、それらは跡形もなく破壊されてしまったのです。



ビルの崩壊によって救出に向かった消防車は押しつぶされ、救出活動に従事した大勢の消防士も亡くなりました。館内には当時撮影された写真の展示やビデオが上映されていて、その時の現場の様子が生々しく映し出されていました。また、亡くなった方々をコンピューターで探すことのできる装置があって、家族や友人と思われる方達が画面を食い入るように見ながら探していました。


右下の写真は「最後の柱」と呼ばれていて、廃墟に最後まであった鉄骨の支柱です。鉄骨には色々な名前や言葉が書いてありますが、これらは落書きではなく、救出にあたって亡くなった方達の名前と所属する組織の名称が書かれてあります。来館者には子供も大勢いましたが、さすがに嬌声をあげて走り回る子供はいませんでした。


館内から外に出ると、そこにはグラウンド・ゼロのモニュメントがありました。中心は四角の掘りになっていて、その外側を流れている水が流れ落ちていきます。外周の石には亡くなられた方々の名前が彫ってありました。なお、グラウンド・ゼロというのは英語で爆心地という意味です。ここがまさに崩壊の中心地だということです。


ミュージアムから1キロほど歩くと、バッテリーパークです。マンハッタン島の最南端で、木々の茂る公園になっています。自由の女神に行くには、この公園の一角にある船着き場からフェリーに乗ります。乗り場目指してさらに歩きます。


ここもシテイパスで乗船できます。船の乗り場はたくさんの観光客で混んでいました。自由の女神があるリバティアイランドまでは、ここから船で10分くらいで行くことができます。いよいよ自由の女神を間近で見ることができます。


船に乗ったら進行方向右側に立つのが良い、とガイドブックに必ず書かれています。というのも船が島に近づくにつれて、女神像が右手に見えてくるからです。私達もこのアドバイスに従い、右舷側に場所を確保しました。時間はもう正午をとっくに過ぎていましたが、ランチを取るタイミングがなかったので、途中で買ったアーモンドを食べてしのぎました。


船からはロウアー・マンハッタンのビル群がよく見えました。マンハッタンが島であることもよく分かります。もう少し天気が良ければもっと眺望がきくと思いましたが、雨に降られるよりはましと思い直しました。この日の気温は17,8度だったと思いますが、船は風を切って走るので、船上は結構寒かったです。


だんだんリバティアイランドに近づいてきて、自由の女神がはっきりと見えてきました。この像を見なくてはニューヨークに来たとは言えない、と言えるくらい外すことのできない観光スポットです。船内には何カ国になるか分からないくらい色々な国々の人たちがいましたが、彼らも同じ気持ちだったことでしょう。



島に上陸して女神像の直下まで行きました。像の王冠の部分にも登ることができますが、この像は外から見るに限ると思い行きませんでした。小さな島なので、簡単にぐるりと回れました。女神像を見た後は、お隣のエリスアイランドに向かいます。


エリスアイランドはかつてアメリカの移民局だったところで、リバティアイランドから船で行きます。5分くらいの乗船で島に到着です。ここには移民博物館があって、移民局がここに開設されていた1892年から1954年までの様子を知ることができます。この期間にここからアメリカに上陸した人は1200万人で、現在のアメリカ人の3分の1はここから入国した人の子孫だと言われています。


エリスアイランドから船に乗って最初の船着き場に戻りました。既に午後3時を過ぎていて、お腹がペコペコでした。地下鉄の駅の向かう途中で中国系のレストランを見つけたので、ここで遅いランチにしました。家内は醤油ラーメン、私はミソラーメンを食べました。意外にしっかりした麺で、とても美味しく頂きました。


今夜は長かった旅の最後の夜です。私は家内に内緒で展望レストランを予約しておきました。ニューヨークには高層ビルがたくさんありますが、この高さを生かしたレストランやバーがかなりあります。その中から比較的ホテルに近いレストランを予約しておいたのです。


展望レストラン Skylark は39番街に面したビルの30階にあり、室内からエンパイア・ステート・ビルディングがよく見えます。席に案内されて待っていると、ウェイトレスがシャンパンを持ってきてくれました。事前に結婚40周年を記念して行くと言っておいたのが良かったようです。二人で今回の楽しかった旅行に乾杯しました。


時刻は午後7時を過ぎたところで、ライトアップされたビルが夕闇の中に美しく映えてきました。料理はとても美味しく、家内は赤ワインを追加しました。私は白ワインを頼むつもりでしたが、シャンパンで十分酔いが回ってきたので食べる方に専念することにしました。



人任せのツアーも快適で楽しいですが、こういった場所を自分で見つけてプライベートな時間を持つことも有意義な一時です。ニューヨーカーが仕事帰りによく立ち寄るとの触れ込みでしたが、デートの場所としてもうってつけでしょう。仕上げにピザを注文してお腹を満たしました。請求書がいくらでくるか不安でしたが、料理三品にワインと2時間余りのまったりタイムで70ドル。とてもリーズナブルだと思いませんか。


ホテルまで歩いて帰らなくてはならないので、適当な所で切り上げて帰ることにしました。ほろ酔い気分で7番街を歩きながら、良い旅だったと実感しました。家内は英語がしゃべれませんが、旅の要諦を心得ているので旅のパートナーとしては最高です。私は旅行自体はそんなにしたいと思わないのですが、家内となら出かけてみたいと思うのが不思議です。持ち上げすぎかな。ホテルに戻って荷造りをしました。明日はいよいよ日本に帰国です。


10月17日 火曜日 曇り時々晴れ いざ日本へ

いつも通り5時半には目が覚めました。隣のデリカショップで朝食を買ってきて、部屋で食べました。ホテルを7時半にチェックアウトして、タクシーで空港に向かいました。日本航空はジョン・F・ケネディ航空の第1ターミナルなので、そちらに向かうよう運転手に告げました。約1時間ほどで空港に到着し、すぐにチェックインしました。搭乗時間まで2時間ほどあったので、日本航空と提携しているエール・フランスのラウンジで休憩です。


午前11時に搭乗開始です。飛行機は定刻の11時30分に離陸しました。これから約13時間近くの長いフライトですが、眠っていても成田に着くので安心です。座席は来るときと同じ場所でした(もちろん飛行機は違います。)


安定飛行に入ると、すぐに食事の時間になりました。今回は家内も私も和食をお願いしました。飲み物は家内は赤ワイン、私は三重県産の純米大吟醸「作」にしました。1合瓶でしたが、私にはこれで十分でした。久しぶりの日本食は最高でした。やはり味という点になると、日本食が世界一というのが私の見解です。どうでしょう?



お腹が一杯になると睡魔が襲ってきました。座席をフラットにしてマットを敷いたらもうだめでした。爆睡は5時間余り続き、目が覚めたときには飛行機は北極圏を飛んでいました。間食のオーダーが随時できるのですが、取りあえずコーヒーをお願いしました。それでやめればよいのですが、家内がうどんを美味しそうに食べているのを見て私は九州ラーメンを注文してしまいました。美味しかった!



飛行機は極東シベリアの上空を通過しています。窓から遙か下の方を見ると、雪に覆われた山並みが続いてしました。10月半ばなのに真っ白でした。成田まで後2時間余り、食事のオーダートーストップになります。意地汚い私達はここでカレーライスとアイスクリームを注文しました。このカレーの美味しかったこと。機内で初めて食べるカレーライスでした。成田がだんだん近づいてきました。


成田には定刻の午後2時40分より1時間近く到着しました。早く自宅に帰れそうで喜んでいましたが、ここで財布を機内に忘れてきたことに気づきました。財布の中身をドルから円に入れ替えた際に置き忘れてしまったのでした。空港の遺失物係のところに急行して、事態を説明しました。係員は迅速かつ丁寧に対応してくれたので、財布はすぐに見つかりました。さすがは日本航空です。前にデルタ航空で忘れ物をしたときは、無理ですね、の一言で終わりでした。無事に戻ってきた財布をしまい、成田エクスプレスに乗り込みました。 家に着くまでが旅行、なので気を抜かずにいかなくては。

11泊13日の長い旅行は、たくさんの素晴らしい思い出を残して終わりました。周到に用意したつもりでも、いくつかのアクシデントは避けられません。しかし大したアクシデントもなく、楽しい日々を過ごすことができました。不在の間に家内のお姉さんに郵便物や庭の水やりをお願いしました。ありがとうございました。どんな素晴らしいことでも支えてくれる人たちがいてこその話です。これからも大勢の人にご迷惑をおかけすると思いますが、よろしくお願いいたします。


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