三重県 食と文化の旅



2014年12月27日〜2015年1月18日 5泊6日

2014年の年末は三重県に行くことにしました。当初は滋賀県を計画していたのですが、観光先の施設が軒並み年末年始の休館に入ることが分かり断念しました。信楽焼の信楽も訪問したいと思いましたが、冬期の観光客が少ないために旅館まで休業に入るとのことで、三重県に方向転換しました。

三重といえば松阪牛です。今まで名前しか聞いたことがありませんでしたが、今回はこれをメインに旅行することにしました。


12月27日 土曜日

午前8時23分東京駅発のぞみ307号は、ほぼ満員の乗客を乗せて時刻通りに出発しました。名古屋には10時4分着、僅か1時間40分で到着しました。ここで伊勢鉄道のみえ5号に乗り換えました。桑名、四日市、鈴鹿を通り、松阪には11時51分に到着しました。駅前の観光協会に立ち寄り、街の情報を入手。特に今日のランチにお薦めの店を聞き出しました。

駅前から歩いて1分の松阪シティホテルが今宵の宿泊先ですが、チェックインには早いので荷物を預けてランチを取ることにしました。

今回の旅行のメインテーマは松阪牛です。ステーキ、焼き肉、すき焼きなど肉料理の楽しみ方は色々ありますが、まずは焼き肉からということにして、ランチは焼き肉にしました。ホテルから歩いて10分ほどにある「千力」に向かいました。


メニューには色々な定食がありましたが、迷うことなく焼き肉定食にしました。霜降りのカルビやロース肉を炭火で頂きます。値段からいって特上肉ではなさそうですが、それでも一口食べると肉の芳醇な味が口一杯に広がりました。柔らかい肉でありながら噛めばしっかりとした肉の風味が伝わってきます。至福の時間となりました。安楽亭なら680円で焼き肉ランチが食べられますが、この店の2980円の焼き肉定食は決して高くはないと実感しました。


観光案内所で松阪市内の観光名所を巡るスタンプラリーの用紙をもらっていたので、食後は腹ごなしをかねてスタンプハンティングに出かけることにしました。まず最初は「岡寺山継松寺」に行きました。この寺は天平15年(1587年)に行基菩薩が建てた日本最初の厄除観音の霊場だそうです。松阪駅から歩いて5分くらいです。境内には誰もいませんでしたが、お賽銭をあげて無病息災を祈願しました。ここで最初のスタンプを獲得。


次に向かったのが、「三井家発祥の地」です。三井財閥の基礎を築いた三井高利が生まれた場所だそうです。今は柵が設けられていて中には入れないので、道路からのぞき見でした。次に家内が前々から行きたいと言っていた「松阪もめん手織りセンター」ょを訪問しました。松阪もめんは伝統工芸品として有名ですが、反物だけでなく布地を生かした色々なものを作っています。訪問したときはちょうど引っ越しの最中で、従来のセンターから向かいの商工会館の1階に移るところでした。ここで2つめのスタンプをもらい、松阪城跡に向かいました。


松阪城の入口には、裏千家の千宗室揮毫の松阪城跡碑がありました。これは蒲生氏郷開府390年と松阪市施行45周年を記念して建立されたものです。蒲生氏郷は織田、豊臣、徳川に仕え、戦国時代を生き抜いた武将ですが、松阪に赴任してここに築城するとともに城下町を造成し、いわば松阪市の礎を築いた開祖ともいうべき人でした。


本丸、天守閣跡に向かう途中に歴史民俗資料館がありました。お城の歴史や当時の暮らしの様子を展示しています。ここで3つめのスタンプをもらいました。城壁沿いの道を少し急な坂道を登っていくと、やがて天守閣跡に到着しました。本丸を含めあまり大きな城跡ではありませんが、天守閣跡からは松阪市内が一望できました。


天守閣そのものは1644年の台風で倒壊し、その後再建されなかったそうです。今も残っている石垣や城壁などが当時の様子を今に伝えています。

天守閣跡から遙か遠くに伊勢湾を望むことができました。天気と目が良ければ、愛知県の知多半島が見えるかもしれません。右下の写真の中央にある茶色のビルは、今宵の夕食会場となる「和田金」のビルです。


天守閣跡から下って、御城番屋敷に向かいました。ここは松阪城を警護する武士20人とその家族が住んでいた場所です。道路を挟んで2棟あって、各棟に10戸となっています。一部を除いて、現在でも住居として使われているようで各戸に表札が出ていました。


家屋は連棟式の長屋のようになっていて、1戸の建坪は約32坪で8畳2間と6畳2間からなっているとのことでした。1戸だけ一般開放されていて中にはいることができました。決して豪勢とは言えない住居でしたが、質実剛健な当時の生活が忍ばれました。お城でいざ一大事となればここから即座に登城していたのでしょう。ここで4つめのスタンプを獲得しました。


観光案内所に戻り、ここで5つ目のスタンプを押してから用紙を提出しました。運が良ければ松阪牛が当たります。日が暮れて夕食の時間が近づいてきました。今宵の夕食は「和田金」ですき焼きです。松阪市には松阪牛を食べさせる店はたくさんありますが、和田金はその中でもトップクラスらしく、食通と呼ばれる人ならたいていの人は知っている店だそうです。事前に予約したときも、相席しかないとのことでした。


店に入って驚きました。まるでホテルのロビーのような所で、靴を脱いで下足番に預けてから受付をします。4階の部屋に案内されると、12畳くらいの部屋で客は私達だけでした。相席ではなく個室でのディナーとなりました。仲居さんが次々に料理を運んでくれるのですが、こういう場面に不慣れな私達は少しばかり緊張してしまいました。松阪牛を使った椀物や小鉢が食卓を賑わします。



やがて大きく切った松阪牛の皿が運ばれてきました。関東のすき焼きとは異なり、牛脂で鍋に油をしいた後に肉を並べます。その上に濃厚なタレと砂糖をまぶします。肉に火が通ったところでといた玉子の中に入れます。タレは見た目にはすごく濃そうなのですが、味は意外にもあっさりしていて、一口食べると肉の芳醇な味と混ざり絶妙な味わいとなりました。口の中が味覚の天国となったようでした。松阪牛A5級のすき焼きは決して安くはありませんが、それだけ出す価値は十分にあることを実感しました。



今回の旅行の大方の目的はこれで達成できたようなものですが、せっかく三重に来ているので明日は伊勢参りに出かけます。

12月28日 日曜日

7時にホテルで朝食を済ませ、8時30分頃の近鉄で伊勢市に向かいました。伊勢参りの基本として、まずは外宮にお参りします。伊勢市駅の西口から外宮の入口までは500メートルなので、歩いて行くことにしました。


外宮入口までの道の両側にはたくさんのお店があって、伊勢うどんやお土産などを売っていました。それらをのんびり見ながら歩いて、駅から7〜8分で外宮に到着しました。すでに大勢の参拝客が見えました。


手水舎で手を清めてから表参道を進みました。神楽殿を過ぎ、古殿地の隣が正宮です。ここには天照大御神の食事を司る豊受大御神が祀られていて、この外宮内では朝夕二度、天照大御神を始めとする神々への食事をお供えしているとのことです。昔の人は一日2食だったことを思い出しました。正宮を参拝してから「せんぐう館」に立ち寄りました。伊勢神宮は2013年に式年遷宮を迎えましたが、せんぐう館では式年遷宮の様子や歴史を模型や映像で分かりやすく紹介しています。ここで伊勢神宮を支える匠の技も知ることができます。


外宮を詣でた後は内宮です。外宮前からバスに乗ると、僅かの時間で内宮入口に着きました。バス停の少し先には大きな鳥居(宇治橋大鳥居)があり、五十鈴川に架かる宇治橋を渡れば内宮です。ゆったり流れる五十鈴川はきれいな水が流れていて、これを利用して酒造りも行われています。この時は10時半頃でしたが、すでに大勢の参拝客が訪れていました。


橋を渡り、手水舎でお清めをして第二鳥居を過ぎると天照大神を祀っている正宮はすぐそこです。正宮でお賽銭を上げて家内安全を祈願しました。できればもっとゆったりした気分でお参りしたかったのですが、次から次に押し寄せる参拝客の中ではあきらめるしかありませんでした。内宮には正宮以外にも数十もの宮がありますが、どこも参拝客でごったがえしていました。人混みが苦手な私達は正宮をお参りしてすぐに引き返すことにしました。


観光客にとって伊勢神宮参拝のメインは「おはらい町通り・おかげ横町」でしょう。参拝後に訪れるのが本来でしょうが、通りにはお参りの帰りの人とこれから行く人が往来していて大変な賑わいでした。おはらい町通りの両側には伊勢神宮ゆかりのお土産を売る店や、伊勢うどんを始め三重の特産物を売る店が軒を連ねています。有名な赤福の本店もこの通り沿いにあります。


私達も赤福本店に立ち寄り、向かいの支店で赤福とお茶のセットとぜんざいを食べることにしました。受付で代金を支払ってから番号札を受け取り、店内で順番を待ちました。既に10組くらいが待っていましたが、縁台に座って待っているとやがて私達の番号が呼ばれました。熱々のぜんざいはこの日のように寒い日には最適で、焼きたての餅を噛みしめながら小豆の汁粉をすすり込みました。


たくさんのお店を見て回るうちに昼食の時間になりました。ぜんざいのおかげでさほど空腹ではなかったので、軽く伊勢うどんでも食べようということになりました。通り沿いの食べ物屋はどこも人で一杯だったので、本通りに戻ってバス停近くの店に行きました。幸いその店はあまり混んでいなかったので、空いている席に腰掛けて伊勢うどんを注文しました。

伊勢うどんは基本的にかけうどんで、麺つゆの中にうどんがあるのではなく麺の下に濃厚なタレが隠れています。食べる時にこのタレとうどんを混ぜ、タレを絡めながらうどんを食べるのです。濃厚そうな色の割に味は意外とあっさりしていて、麺はとても柔らかです。この柔らかさが伊勢うどんの特徴なのだそうです。瞬く間に完食しました。


大阪に住んでいる娘夫婦は、この年末年始を和歌山県の串本でキャンプで過ごすことにしていました。大阪から和歌山へは阪和自動車道で一気に南下した方が近いのですが、私達が三重に行くのを知りわざわざ遠回りをして松阪経由で行くことにしてくれました。打合せどおりにホテルで彼らと落ち合うことができ、一緒に夕食を取ることにしました。夕食は松阪牛の焼き肉です。


脇田屋本店はホテルから歩いて10分ほどの所にありました。この店で松阪牛のカルビ、ロース、タンなど多彩な焼き肉を味わうことができます。店はほぼ満席でしたが、予約しておいたので待たずに着席できました。早速ビールで乾杯してから焼き肉開始です。テープルに乗せた七輪には炭火が入り、網の上にロースやカルビを並べていきます。炭火で頂く焼き肉は最高でした。食べるほどに酒が進み、酔うほどに食が進みました。



店を出た時刻は8時過ぎでしたが、若い二人は飲み足らないらしかったのでホテル近くの居酒屋「スサノオ」で2次会をしました。仕上げにやきそばとラーメンを頂き、お腹は満タンになりました。松阪での滞在は松阪牛に始まり、松阪牛で中締め、仕上げはご当地ヤキソバで終わりました。

12月29日 月曜日

宿泊している松阪シティホテルは、松阪駅から歩いて1分と極めて至近です。ここから市内の主な観光名所には歩いて行くことができます。このホテルの朝食は充実していました。バイキングと定食を組み合わせたような料理と牛すじカレーが食べ放題でした。(写真左下)。娘夫婦と一緒に朝食を済ませ、9時頃にチェックアウトしました。彼らはレンタカーで串本に向かい、私達は松阪駅前でレンタカーを借りて鳥羽へと向かいました。

松阪から鳥羽までは1時間もかからずに着くことができました。鳥羽ではまず水族館からと、水族館の駐車場に車を止めて入場しました。途中の道や市内はたいして混んでいなかったのに、4階建ての駐車場は屋上しか空いておらず、館内は入場者で一杯でした。特に家族連れが多く、展示物の前や通路はどこも人で溢れていました。それでも人混みをかき分けて展示されていた魚達やアシカショーを楽しむことができました。お昼は水族館近くの食堂でカキフライ定食を頂きました(写真右下)。水族館は大変な混雑だったので写真は撮りませんでした。


鳥羽には観光名所がたくさんありますが、鳥羽水族館、ミキモト真珠島、鳥羽湾クルーズが人気トップ3ではないでしょうか。そのためでしょうか、この3つの施設をセットにした入場券が売られています(要事前申し込み)。私達はこれを購入したので、水族館の次はミキモト真珠島に向かいました。島は水族館から近く、橋もかかっているので歩いて行くことができます。この橋を渡り、まずは御木本幸吉記念館を訪れました。


記念館では世界で最初に真珠の養殖に成功した御木本幸吉の生い立ちや、真珠養殖に成功するまでの歴史が展示物やビデオなどで紹介されています。館内には学芸員のような人がいて、親切に解説してくれました。養殖場所の確保、養殖方法の確立、真珠製品のできるまでの工程などがとても良く分かりました。


記念館の前の海では、海女の実演が見られます。現職の海女さんが真珠を作るアコヤガイを採取する姿が目の前で見られます。真冬の波立つ冷たい海に素潜りして貝を獲る姿は感動的でした。実演時間は20分ほどで、1時間おきぐらいに実演しているようでした。


この後、鳥羽湾巡りのクルーズ船に真珠島から乗り込みました。この船は途中でイルカ島などにもよりながら、湾内を50分ほどで回ります。2階の客室に座って二人でコーヒーを飲みながら、移り変わる船窓からの景色を見ていました。湾内を一周してから船を下り、水族館の駐車場に戻りました。今日の予定を全て終えたので、今宵の宿泊先である鳥羽アルティアに向かいました。


チェックインが少し遅かったので、夕食時間は8時からになってしまいました。おかげで食事の前に温泉を十分堪能することができ、お腹がすいてきました。鳥羽と言えば伊勢エビです。夕食はおまかせ懐石料理で、伊勢エビを含めた地元の食材を使った料理が次々に運ばれてきました。お酒のメニューに三重の銘酒「而今(じこん)」の絞りたてがあったので、これを注文しました。このお酒の海鮮料理との相性はばっちりで、とても美味しく頂きました。



12月30日 火曜日

朝食はバイキングでした。取り過ぎないように注意をしているのですが、ついつい多くなってしまいます。食後にお土産売り場を覗くと、淡水真珠の色々な製品が陳列されていました。そこで家内へのお年玉にネックレスを購入し、謹んで進呈しました。〇〇に真珠、とならないことを期待しながら。


ホテルの前で二人の写真を撮ってもらい、志摩に向けて出発しました。鳥羽からパールロードを進むとすぐに浦村町に入ります。ここは牡蠣の養殖がとても盛んなところで、道路沿いには牡蠣を食べさせる店がたくさんありました。


この場所をガイドブックで見つけた時に、とても混むので事前予約が必要と書いてありました。そこで12月の始め頃、めぼしい店に電話してみたのですが、年末年始で休む店が多く、営業している店はどこも予約で満杯でした。関西方面から大勢の人が来るようでした。仕方なく、事前予約のいらない海の駅に寄ってみることにしたのですが、ここも大勢の人で溢れていました。

すぐにあきらめて、とにかく前進することにしました。少し走ったところで牡蠣を売っている小さな店を発見したので、早速寄ることにしました。


店に入って料金を聞いてみると、食べ放題は1000円、単品だと1500円とのこと。単品は大型の焼き牡蠣が10個なので、二人のオヤツには十分です。早速焼いてもらうことにしました。周りで食べている人を見ると、左手に軍手、右手に牡蠣の蓋をあける道具を握って奮闘していました。足下の殻入れにはすでに大量の殻が入っていました。こちらの流儀では、調味料や飲み物は持ち込みでひたすら蓋をこじあけて食べるのだそうです。30個、40個は当たり前のようです。


身の大きなジューシーな牡蠣を頂いてから、今日の目的地の志摩スペイン村に向かいました。この地域には浦村の牡蠣のほかに的矢の牡蠣という名物があります。ハンドルを握りながら、牡蠣の味を思い出しているうちに的矢の牡蠣も食べたくなりました。的矢地区はスペイン村からさほど離れていないので、ちょっと寄り道をすることにしました。

しかし、的矢への道は進むにつれてどんどん細くなっていき、やがて軒下をかすめ塀にこすらんばかりになってしまいました。しかし、それでも店は発見できません。的矢湾の両岸を回ってみましたが、小さな漁港を見つけただけで、そこにも店らしきものはありませんでした。道沿いの看板のあった店に行ってみると、予約以外は受け付けていないとのことでした。ここで的矢の牡蠣は断念して、一路、ホテル志摩スペイン村に向かうことにしました。


午後1時にホテルに到着です。チェックインは午後3時でしたが、まずは荷物を預けて昼食です。ホテルの中のレストランで家内はスパゲッティ、私はイカ墨カレーを注文しました。これがボリュームたっぷりで、牡蠣を食べはぐれた胃袋を慰めてくれました。このホテルの宿泊費には隣のスペイン村の入場券も含まれていたので、食事を終えてから出かけることにしました。

ホテルとスペイン村は宿泊者専用の連絡通路で結ばれていて、歩いて数分で入場できます。まずは童心に返りメリーゴーラウンドからです。


スペイン村には大型と中型のジェットコースーターがありますが、私達は年齢制限があって乗れませんでした。メリーゴーランドや不思議の国のアリス(鏡の部屋)などがせいぜいでした。しかし、それら以外にも世界のワインやビールの紹介コーナーやスペイン文化を紹介する展示や美しい花壇などもあったので、それらをゆっくり見て回りました。11月まではフラメンコショーがあったのですが、残念ながら冬期休業でした。


一通り見て回っているうちにチェックインの午後3時を過ぎたので、ホテルへ戻りチェックインしました。私達の部屋は4階で大きなバルコニーがついていました。眼下には手入れの行き届いた見事な中庭があり、噴水を上げていました。この中庭を取り囲むようにいくつもの部屋がありました。



私達の部屋はとても広く、バストイレも充実していました。またこのホテルは「ひまわりの湯」という入浴施設を併設していて、宿泊者は無料で利用することができます。同じ敷地内にありますが歩くと少しかかるのが難点ですが、お湯はアルカリ質の温泉で、広い浴槽に加えて露天風呂もありました。時間が少し早いせいかあまり混んでいなかったので、広い浴槽の中で手足を伸ばしてのんごり入浴することができました。


夕食は6時からで、バイキングでした。大きなパーティー会場のような広間にはすでに大勢の人がいて、それぞれ好みの料理を皿に盛りつけていました。バイキング方式はいちいち並んで面倒という面がありますが、たくさんの種類の料理を少しずつ頂くという楽しみがあります。食後にアイスクリームまで食べて、満足の夕食でした。


12月31日 水曜日

三重の旅行で当初予定していたものは、ほぼ達成することができました。今日はのんびりと名古屋に向かうだけでした。いつもの旅行なら必ずどこかの道の駅に寄っていたのですが、今回は道の途中には一カ所もありませんでした。そこで少し遠回りをして、道の駅伊勢志摩に寄ることにしました。


道の駅伊勢志摩は、志摩から鳥羽に向かう国道167号沿いにあります。道の駅と物産館が併設されていて、物産館にはこぢんまりとした食堂がありました。メニューを見ると「季節限定 牡蠣フライ定食」の品書きが目に飛び込んできました。的矢で食べられなかったという残念な気持ちが背中を押したので、少し早い昼食をとることにしました。牡蠣フライと牡蠣ご飯のセットで、とても美味しい牡蠣を堪能することができました。


鳥羽から名古屋への電車は午後3時頃に乗る予定だったので、まだ時間の余裕が十分にありました。そこで寄り道ついでに、天岩戸に行くことにしました。天岩戸は伊勢街道から少し入った志摩市磯部町恵利原にあります。参道の手前にある駐車場に車を止めて、舗装された参道を登っていきました。


天岩戸といわれる洞窟の手前には鳥居があり、洞窟の中からは水が湧き出ていました。洞窟は奥行きはありそうですが、人が入るのには少し狭そうに見えました。神話の世界では日の神である天照大神がここに閉じこもり、世界中が真っ暗になったという話がありますが、相当窮屈だったことでしょう。


洞窟の奥からは、冬だというのに水が涸れることもなく流れ出ていました。天照大神については皇室の祖先であり、大和原民族である大国主命を打ち破り日本国を統一したことになっています。また別の話では天照大神こそ卑弥呼であり、卑弥呼はここ天岩戸で殺されたという説もあります。二世紀から四、五世紀の資料の乏しい時代の話ですが、それらに思いをはせるには絶好の場所かもしれません。なお、ここの水は恵利原の水穴として国の名水百選に選ばれています。



鳥羽まで戻ってきました。レンタカーを返して電車の切符を買いました。名古屋までの線はJRと近鉄がほぼ並行して走っているので、どちらにしようかと迷いましたが、近鉄の方が本数が多いので近鉄の乗車券を購入することになりました。鳥羽から名古屋までは約1時間半、昼寝には最適の所要時間でした。


名古屋には予定よりかなり早く午後3時15分に到着しました。名鉄イン名古屋駅前にチェックインして、ウェルカムコーヒーを頂きながら今夜の打ち上げ会場を入念に検討しました。名古屋といえば手羽先、串カツ、ひつまぶしなど、数々の名物があります。適当な料金でそれらを堪能できる場所となると、慎重に検討しなくてはなりません。結局、「昭和食堂」に決定となり、早速予約の電話を入れました。


店はホテルから歩いて10分余りで着きました。すでにかなりの席が埋まっていて、予約していたのは正解でした。早速、手羽先や串カツなどを注文しました。大晦日にも関わらず店内は大盛況で、グラスを交わす音や追加の注文をする声が行き交っていました。



2015年1月元旦 木曜日

新しい年がやってきました。ご覧の皆様のご健康とご多幸を心からお祈り申し上げます。今年もたくさん良いことがあることを祈念してやみません。
天気予報では大晦日から元旦にかけて愛知県でも雪が降るということだったので、昨日のうちに早めの新幹線に変更しました。幸運なことに雪は早朝少しちらついただけで、積もることもなく済みました。名古屋駅の構内でお弁当を買って、11時32分発の新幹線に乗り込みました。家内はサンドイッチ、私はひつまぶしの弁当でした。これを食べなくては今回の旅行が完全に終わったとは言えません。小間切れのうなぎを頬張りながら、流れ去る車窓の風景を見ていました。今年の年末はどうなりますことか。




日本一周のトップに戻る