2013年7月 イギリス旅行


17年前にイギリスを職場の同僚達と旅行したことがある。ちょうどダイアナ妃の葬儀の前日にエジンバラに入り、翌日は葬儀のために公共関係の施設はどこも臨時休業になった。どこにも行くあてがなくなったので、半日テレビで葬儀風景を見ていたのを思い出す。

その旅行の時に家内にカシミヤのカーディガンを買ったのだが、家内は今でもたいそう気に入っていて色違いのものを買いたいという希望を持っていた。昨年の2012年は私達の結婚35周年だったのでそれを記念してイギリスにカーディガンを買いに行こうと思ったが、その年はロンドンオリンピックの年だったので、混雑を避けて今年イギリスに行くことにした。

家内の母は大の旅行好きですでに世界の各地を旅していたが、イギリスにはまだ行っておらず是非行きたいということから、三人での旅行になった。高齢の義母を同伴しての旅行なので日程はゆったりにして、訪問地も最小限度にとどめた。成田に前泊しての出発となった。

7月27日 土曜日 アムステルダム経由でエジンバラへ

10時25分発アムステルダム行き KLMオランダ航空862便は、満員の乗客を乗せて定刻に飛び立った。最近はデルタ航空にしか乗っていないので、オランダ航空に搭乗して驚いた。今回はプレミアムエコノミーの座席だったのだが、ふだん左右3席ずつの座席配置で中央が配膳所になっていることが多い。ところがこの飛行機は進行方向左側に3席、真ん中が2席で一列に並び、右側には配膳所が設置されていた。

飛行機は予定通り、同日の15時5分にアムステルダム空港に到着した。イギリスはEUに加盟しておらず、シェンゲン協定も結んでいないので、オランダは通過するだけで入国審査はイギリスで行うことになる。私達は到着したFターミナルからエジンバラ行きが出るDターミナルに移動し、ここでボディチェックを受けて搭乗ゲートに入った。

午後4時50分、エジンバラには飛行時間1時間ほどで到着する。ここからはタクシーで今夜の宿であるホリディイン・エクスプレス・エジンバラ・シティセンターに向かった。あいにく小雨模様の天気だったが、晴天率の低いスコットランドではこれも見所の一つだと思うことにした。

夏の高緯度地域の常として、日没は遅く午後9時半頃なのでなかなか夜にならない。ホテルのチェックインを済ませてから、辺りを少し散歩する。夕飯はムール貝料理の専門店を予定していたが、貝が不漁で入荷していないということだったので近くのパブで済ませることにした。エジンバラではこの時期夏のイベントが連日行われていて、この日はジャズフェスティバルだった。それを見る人や参加者が大勢夕食に繰り出していて、どこのレストランやパブも大盛況だった。私達もその中に混じって夕飯を済ませる。

7月28日 日曜日 エジンバラ市内観光

午前9時にガイドさんのスミス・ヨシエさんとホテルで落ち合う。旅慣れていない所でうろうろしながら観光するのはそれなりに面白いが、ガイドさんに名所旧跡の解説を聞いたり知らない道を案内してもらえるのは、短い滞在期間の旅行者にはありがたい。ヨシエさんに今日はエジンバラ城とホリールード城をメインに見て回りたいとお願いする。さあ、観光の始まりだ。

ホテルからタクシーでエジンバラ城の手前まで行き、そこから歩く。小雨交じりの肌寒い天気だったが、お城の入口にはすでに大勢の観光客が来ており入場券売り場はごった返していた。夏休みということでイギリス国内はもとより、ヨーロッパや世界の各地から来ているのだろう。

エジンバラ城の入口 城門前の広場。ここで夏の色々なイベントが開催されている。

ここには17年前にも来たことがありお城そのものはその時のままだが(当たり前か)、観光客に中国人が増えたのには驚いた。旗を持ったガイドさんに連れられた沢山の中国人グループが、城内を闊歩していた。首から何台もの高価なカメラをぶら下げて歩く姿は、かつての日本の農協観光を彷彿とさせてくれる。

沢山の観光客とお城。 ガイドさんから解説を聞く。

エジンバラ城は岩山の地形をそのまま利用して築城されていることから、キャッスルロックとも呼ばれている。自然の地形を生かし、岩を利用して城壁を作っていた。城内には捕虜の牢獄があり、最大時1000人もの捕虜がいたとのことで、彼らの収容施設も岩を利用して作られているものがあった。

大砲が城壁から突き出ている。 一番奥に現役の大砲があり、午後1時の時報代わりに空砲を撃つ。

城からはエジンバラの街を見下ろすことができる。鉄道沿いに旧市街と新市街が明確に区分されていて、旧市街には昔の建物がそのまま残っていて(勿論利用されている)、中世から近世にかけてのエジンバラの雰囲気を醸し出している。天気が良ければ、この高台から遙か北東の方向に全英オープンの舞台になるセントアンドリュースゴルフ場が見えるはずなのだが。

城から見た新市街。 城から見た旧市街。

これから建物に入る。 日本からの三人連れ。

城内はほとんどの場所が写真撮影禁止になっている。城内にはスコットランド王の数々の遺品が展示されており、中でも歴代の王が王位に就くときにその石の上に乗って戴冠した「運命の石」は有名だ。スコットランドを象徴する石であり、イングランドとスコットランドが戦争したときには、イギリスは勝利の証にその石をロンドンに持ち去った。今は元に戻され、ここで展示されている。山から切り出してきたような素朴な石なのだが、長い過去を秘めて今は展示室に鎮座している。

スコットランド最古の教会が城内にある。 城の内側の広場。

岩山にそびえる城。 雨は降り続いていた。

出口の落とし門をくぐり抜けて、ロイヤル・マイルを歩き出す。ここからホリールードハウス宮殿までの1.6kmはロイヤル・マイルと呼ばれ、道の両側にはお店やレストランが立ち並んでいる。エジンバラ城を見学した観光客が必ず通るところなので、雨にもかかわらず狭い道には大勢の観光客が溢れていた。

落とし門をくぐってロイヤル・マイルに出る。 ロイヤル・マイルを歩き始める。

ロイヤル・マイル沿いの商店街。 沢山の土産店が軒を連ねる。

道の所々にクローズ(close)と呼ばれる通りが小路が大通りと交差している。日本の袋小路のようなもので、そこを入っていくと住宅があったり庭があったりする。この小路は「Lady Stair's Close」と書いてあるので、差詰めステア伯爵夫人小路というところだろう。ヨシエさんが伯爵夫人の館があったと教えてくれた。

小路の入口。 小路を抜けると小さな空間が広がっている。

ジキル博士とハイド氏の小説で有名なパブをみたり、日用雑貨の店を覗いたりしながら歩く。ロイヤル・マイルから少しそれて、ヨシエさんお薦めのレストランで昼食をとることにした。このレストランはかつて公開処刑が行われたファーマーズ・マーケット広場に面していて、シーフードがメインのようだ。

ジキルとハイドのパブ。 すてきな陶器が並ぶ店。

坂道を下りて広場に向かう。 かつて公開処刑が行われたファーマーズ・マーケット跡。

昨夜お目当てのレストランが空振りに終わっていたので、ヨシエさんがここはマッスルがおいしいの一言に飛びついてここでの昼食となる。マッスル(ムール貝)を香辛料や野菜とともに塩茹でにしてある。アサリバターを食べる要領で、貝を手でとっては中身に吸い付く。1キロのマッスルが瞬く間になくなってしまった。大満足の昼食だった。

お目当てのレストランで昼食だ。 シーフードのランチ。フライドポテトもボリューム満点。

1キロのムール貝。 ビールが進むランチでした。

昼食後、ロイヤル・マイルまで戻る。エジンバラでの訪問予定地の一つ、スコッチウィスキー・エクスペリエンスを訪ねた。ここはスコッチウィスキーの体験館という所で、ウィスキーの歴史や製造過程、膨大なウィスキーーのコレクションなどを見ることができる。入口で入場料を支払い、二人乗りの小さなゴンドラに乗り込む。ゴンドラはレールの上をゆっくり進む。両側の壁にはウィスキーの歴史や製造の様子が随所で上映されていて、それらを見ながら進んでいく。

満腹を抱えてウィスキー体験へ。 モルトの説明を真剣に聞く。

それが終わると別室に案内されて、シングルモルトとブレンドの簡単な講座を受ける。何種類かのモルトを色別に染みこませたカードが配られて、自分の好みの香りがする色の所にグラスを置くと係の人がその臭いのモルトを注いでくれる。洒落た演出に感心しながら試飲する。試飲が終わるとコレクションルームに案内され、約3000種類ものスコッチウィスキーを見ることができる。スコッチの好きな人にはたまらないことだろう。

真ん中はブレンド希望。 壁には高価なスコッチウィスキーが並んでいる。

午後からエジンバラでの最後の目的地、ホリールードハウス宮殿に向かった。この城はエリザベス女王のスコットランドにおける公邸で、7月末になるとロンドンのバッキンガム宮殿からこちらに移ってくる。いわば避暑地のようなものだが、現役のお城である。正門を入ってすぐの広場の中央には立派な噴水ががあるが、女王がおられる時は水が出ている。今は不在なので水は出ていない。

ホリールードハウス宮殿の正面。 広場中央の噴水。水が出ていないので今日は女王はいない。

この城はスコットランド女王メアリー・スチュワートの王宮としても有名だ。映画「エリザベス」ではメアリー女王とエリザベス女王の確執が取り上げられていたが、そのメアリー女王はこの宮殿で結婚式を挙げている。やがて反逆の罪で捕らえられ、ロンドン塔に幽閉され処刑されるのだが、歴史上の人物が使っていた部屋などを実際に見て回るのはとても興味深いものだ。

当時のままのお城だが、現役で現在も使用されている。 お城の中庭。

この城は現役の公邸なので、女王への賓客や公式行事の時は見学が制限される。広い庭では日本でいう「園遊会」も開かれるようで、その時には1000人を超える人々がここに集まるとのことだった。エジンバラでは代表的な観光地なので、ここにも大勢の観光客が溢れているかと思ったが、意外に少なくゆったり庭を歩くことができた。

もともとは修道院で、その一部が残っている。 修道院の跡。

園遊会などが行われる芝生の庭。 庭から城を見た。

庭から東の方を見上げると「アーサー王の玉座」と呼ばれる岩山が見える。道がついているようで、歩いている人が何人も見える。ガイドさんによれば、この山を登るトレッキングを組み込んだツアーもあるようだ。ただ、女王がお城におられるときは入山が禁止になるとのことだった。高い位置から見下ろすことは不敬であり安全対策の観点からもやむを得ないが、この山を登りたい人は女王のスケジュールの事前確認が必要のようだ。

向かいの山を望む。 修道院の基礎の跡。

観光客は意外に少なく、ゆったり見学できた。 アーサー王の玉座といわれる台地状の山。

午後からは雨もほとんどやんで、ゆっくりと観光することができた。ヨシエさんとはエジンバラの中央駅で別れ、ホテルに戻ることにした。たいして観光したわけではないが、石畳を長く歩いたので少し疲れたかもしれない。夕食は近くの中華料理店で、ラーメンにヤキソバ、野菜炒めを食べる。韓国人が経営する中華料理店、韓国人が経営する日本食レストラン、このパターンはアメリカでも見てきたが、エジンバラの中華も韓国人が作っていた。味もなかなかで、疲れた体には温かいラーメンが一番だった。

7月31日 月曜日 湖水地方に向かう

今日はレンタカーを借りて湖水地方に向かう。朝食を済ませてからレンタカー会社に向かう。場所は昨日確認しておいたので、迷うことなくいくことができた。ウェイバリー駅の構内にあるヨーロッパレンタカーなのだが、実はこれが多少複雑で何回も事前に確認が必要だった。というのもこの会社はアラモなどの他のレンタカー会社と提携していて、私はアラモで予約していた。アラモの住所で場所を検索してもそこにはなく、代わりにヨーロッパレンタカーが出てくる。多分提携しているんだろうな、と思いつつも予約はあくまてアラモだったから実際にキーを受け取るまでは不安だった。

ホテルの窓からの風景。 キルトを着た人がいたので記念撮影をお願いする。長身の人だった。

レンタカー会社で契約を済ませ、キーを受け取る。レンタカーは満タン返しが基本だが、ガソリンスタンドが意外に少ないのを知っていたので事前に満タン料金を前払いした。車は駅の反対側の駐車場に置いてあると言われたので、駅の構内を通って取りに行く。イギリスのレンタカーのほとんどはマニュアルで、オートマもあるにはあるがレンタル料が倍近い。二十年ぶりにマニュアルカーを運転する。

駅の構内を抜けて駐車場に向かう。 このレンタカーで湖水地方に向かった。

借りた車は前進6段でバックギアはボタンを押しながらローギアに入れるというシフトになっていた。ハンドルは右にあるが、ウィンカーとワイパーの位置が日本とは逆になっている。これらにはすぐ慣れたのだが、緊張するのはラウンドアバウトという交差点処理の仕方だ。

この交差点には信号はなく、交差点が円形になっていて各方向からの車は一時停止することなく時計回りに進入することができる。例えば二つの道路が交差する場合、直進したい車はこの交差点に入って時計回りに回りながら2番目の交差点を左折することになる。交差する道路の右に行きたい場合は3番目の交差点を左折すると目的の道に行くことができる。右から来る車に優先権があるので、その時は一時停止するが車が来なければ止まることなく交差点に進入できる。慣れてしまえば交差点での停止や徐行もなく、実に快適に運転できる。それでも二車線と三車線の交差点ではかなり緊張するが。

イギリスの道路について、簡単に説明しておきたい。ほとんどの道路はM,A,Bのカテゴリーに分類されている。Mは高速道路、Aは重要地方道路、Bは一般地方道路という感じで、同じカテゴリーであれば桁数が少ないほど重要度が高くなる。A7はA597より距離が長く、構造もしっかりしている。またBは2車線ギリギリという道路が多い。道路標識もほとんどこの道路番号で表示されているのでわかりやすい。例えばA7を走っていると「右折すればA597」という標識が出てくるという具合だ。

速度規制についてはMが70マイル、Aが60マイル、Bが50マイルが原則だが、住宅街や学校付近など要所要所で速度規制があるから標識にはいつも注意していなくてはならない。それにしても一般道で50マイル、時速80キロは少し早い気がする。

牧草地を背景に記念撮影。 どこまでも牧草地が続いている。

A7号線を南東にひたすら進む。途中、いくつものラウンドアバウトを通り Galashiels や SelkerK などの町を通過していく。ラウンドアバウトでは交差点での渋滞というのはないから、ドライブは快適だ。エジンバラから80キロの道のりを約2時間くらいでホーウィックに着く。ここのカシミヤ専門店を訪ねるのが今回の旅行の最大の目的だ。車を道の端に止めて店の扉を開けた。ここは工場の併設店で、店の裏手が工場になっている。早速品定めが始まった。

しかし、季節外れということもあって色が気に入ってもサイズがない。思案していると店の人が別の店を紹介してくれた。系列店ということでもなさそうなのに親切に場所を教えてくれた。店の裏の川を渡ってすぐのところなので、歩いて5分とかからない。早速行ってみることにした。

とうとうやってきたカシミヤ専門店の前で。 川を渡ってもう1軒の店に向かう。

この店の人もとても親切で、色々なデザインのカシミヤセーターを見せてくれた。サイズも豊富で家内はお気に入りを見つけることができた。ついでにニットのセーターまで買い込んだ。私も訪問記念にネクタイを購入した。この店が入っている建物の一角にカフェがあったので、ここでお茶にすることにした。ケーキセットで簡単な昼食を兼ねる。

店の入口。ゴテゴテした飾りはない。 品定めにつきあってくれた店の人と記念撮影。

またA7号線に戻り、今度は南下する。Langholm, Longtown などの町を通り抜け、Carlisle でA595号線に入る。約30キロ進んでからA591号線に左折する。信号などの目印はなく、グーグルのストリートビューで見た風力発電の風車が頼りだった。そこから約50キロで湖水地方の小さな町、グラスミアに行くことができる。

湖水地方はまだまだ先だ。 いくつもの町を通り抜けて走り続ける。

今日の宿泊先はグラスミアの中心にあるワーズワースホテル・アンド・スパだ。17世紀の著名な作家であるワーズワースに縁があるのかどうかは定かでないが、ホテルのすぐ近くの教会には彼と彼の親族の墓がある。私はキングサイズベッドの部屋で、家内と義母はツインルームだ。どちらもきれいで雰囲気のある部屋だった。

ワーズワース・ホテルに到着。 キングサイズベッドがある私の部屋。

ツインベッドの家内達の部屋。 紅茶のセットが置いてあった。クッキーがとても美味しかった。

今回の旅行は基本的には17年前に訪問した時のコースを辿っている。この間、歳月が流れているのは確実で、途中の道路が良くなっていたり、店の数が少し増えたりしている。それでも昔ながらの家並みが続き、丘陵地帯の放牧地には沢山の羊や馬の姿を見ることができる。家内たちは湖水地方の雰囲気に大いに満足しているようだった。

エリザベス女王!? 皇太后!?

夕食までには時間があったので、近くを散歩することにした。家内はかねてからグラスミア・ジンジャーブレッドに関心があり、是非訪れたいと言っていた。ホテルから歩いて5分くらいの所なので、行ってみることにした。店は意外に小さく、かつてベアトリクス・ポーターが教鞭を執っていた学校だったとは思えない。中へ入ると部屋の中は焼きたてのジンジャーブレッドの香りに満たされていた。スタッフはビクトリア朝風の衣装を着て私達を迎えてくれた。早速出来たてのジンジャーブレッドを買い求める。

洒落たホテルの玄関。 ホテル前の通り。

ジンジャーブレッド店の前で。 一歩きすればビールでしょ。

夕食は6時半で予約していた。料理はビーフ、ポーク、水鳥のコース料理をそれぞれ注文した。スパークリングワインを堪能しながら、美味しい料理に舌鼓を打つ。アピタイザー、スープ、メイン料理、デザートと進んでいく。どれも地元の食材を生かした料理で大いに満足する。

ディナーが始まる。まずはアピタイザー。 次はスープ。

ラム肉の料理。 ビーフ料理。

チキン料理。 仕上げのデザート。

夕食が終わっても外はまだ明るかった。腹ごなしを兼ねてホテルの庭をみんなで散歩する。芝生の広い庭にはブランコなどの遊具が置いてある。グランドゴルフのようなものもあったのでやってみた。エジンバラからはかなりの道のりだったが、どうにか予定通りに進んでいる。明日は湖水地方を一日観光して回ることになっている。

ブランコではしゃぐ親子。 ボールを見る目が真剣だった。

7月30日火曜日 湖水地方一日観光

朝食は7時半からだからもっと寝ていればいいのだが、歳のせいか6時前には目が覚めてしまう。折角なのでグラスミアの街を散歩することにした。グラスミア小学校や街外れのB&Bなどを見て回る。街はまだ眠りから覚めていないようで、すれ違う人はほとんどいなかった。

グラスミア小学校。 野生のウサギがあちらこちらにいる。

ホテルまで戻ると家内たちがちょうど玄関から出てくるところだった。これから散歩するというので、おつきあいでもう一回りすることにした。少し小雨交じりだったが、涼しい朝の空気の中を散歩するのは気持ちがいい。今頃、日本では猛暑が続いているはずだ。

毛を刈られたばかりの羊たち。 お散歩をされるお二人。

朝食は時間通りに7時半から始まった。エジンバラでもそうだったが、こちらのクロワッサンはとてもおいしい。デザートにはスイカまである。イギリスでスイカを食べるのはこれが初めてだった。嬉しくて何回もおかわりをする。お腹を満たし用意ができたら出発だ。

朝食。美味しいのでつい食べ過ぎる。 ビュッフェスタイル。

A591号線を走って、観光の中心地であるボウネスに行く。道の右側にはウィンダミア湖が広がっている。今日の最初の目的地はヒル・トップ。ピーターラビットで有名なベアトリクス・ポターの家があるところだ。そこへは陸路を伝って行くこともできるが、今回はウィンダミア湖をフェリーで渡って行く。このフェリーは対岸まで張り渡してあるケーブルをたぐることで両岸を往復している。車なら6、7台くらい乗せることができる。

フェリー乗り場。 これに乗り込む。

対岸に渡るとヒル・トップのあるニア・ソリーへの道(B5285号線)が続いている。この道は2台の車がやっとすれ違えるくらいの道だが、両側にはイギリスの田園風景が広がっている。右に左にカーブしたりアップダウンを繰り返しながら、ヒル・トップを目指して走る。

ニア・ソーリーへの道。 可愛い住宅街。

ベアトリクス・ポターが晩年を過ごした家は、ほとんど当時のままで残されている。彼女の書いたピーターラビットなどの絵本は何カ国語にも翻訳され、日本でも人気が高い。また、彼女はナショナルトラスト運動の創始者の1人であり、自ら愛した景観を守るためにこの付近一帯の広大な土地と農場を購入した。これらの財産は、現在、ナショナル・トラスト協会によって管理運営されている。

湖水地方随一の観光地なので、朝一番を狙っていったにもかかわらずたくさんの観光客が訪れていた。ようやく駐車場に車を止めて入場券を購入したのだが、入場時間が指定されていて私達は11時半だった。待ち時間の間に丹精込めて管理されている庭を見て待つ。建物の中は撮影禁止なので写真はないが、意外に小さな部屋で彼女が当時使用したものが展示してあった。

ここを見学した後、ホークスヘッドにあるベアトリクス・ポター・ギャラリーに行く。ここはポターの夫の事務所だったところで、彼女の作品や当時の生活の様子が展示されている。中を見学したかったのだが、後の予定時間が迫ってきたので昼食をとっただけで引き返すことになった。

ヒル・トップ。建物の正面。 スープとサンドイッチのランチ。

フェリー乗り場まで戻り、もう一度フェリーに乗り込む。今日はこれからウィンダミア湖の遊覧船と汽車に乗る予定がある。外の気温は22度くらいだが、車の中は少し暑いくらいだった。

またフェリーに乗って元来た道を戻る。 ナビなら任せて!

フェリーから下りて、そこからボウネスの桟橋に向かった。ボウネスには3つの桟橋があり、北のアンブレサイドに向かう船や湖周遊船、レイクサイドに向かう船が発着している。私達は船でレイクサイドに行き、そこから汽車でハバースウェイトまで行くことにしていた。チケット売り場で船と汽車の通し券を購入する。出発は午後2時45分で、この日の最終便だった。

対岸の乗り場が見える。 ウィンダミア湖岸は大勢の観光客で溢れていた。

湖岸にはたくさんの水鳥が群れていて、餌を買い求めた観光客が投げる餌に群がっていた。ここにはレンタルの手こぎボートやモーターボートなどもあり、皆それぞれに楽しんでいた。箱根の芦ノ湖にいるような気分になってくる。私達が乗り込む船が近づいてきた。

レンタルボートが並んでいる。 乗り込む船がやってきた。

船は2階の最前列が一番眺めがいい。どうにか前から2列目に座席を確保する(後で少しばかり後悔するのだが。)。今までの旅で一番天気が良い日にボートに乗れて幸運だった。これが雨では客室内に閉じこもって視界もないままだったろう。晴天の空の下で、暫しのクルージングを楽しむことにした。

天気が良くて幸せな二人。 いよいよ出船。

湖の中程まで進むと向かい風が強くなり、体感気温がぐんぐん下がってきた。最前列の乗客はすでに1階に退散していた。私達はウィンドヤッケをバッグから取り出して、急いで着込み風をしのぐ。眺めをとるか暖をとるかだったが、備えあれば憂いなしというところだ。乗船すること約40分、目指すレイクサイドが見えてきた。

写真の奥が目的地。 レイクサイドに到着。丁度機関車もやってきた。

到着したレイクサイドで下船し、ここから蒸気機関車に乗り換える。観光用に使われているが本物のSLで、レイクサイドと終点のハバースウェイトの間を往復している。3,4両の客車を曳いて力強く走る。風に当たって冷えた体が温かい客室の中で癒されると、思わずまぶたが重くなってくる。

現役の機関車。 お疲れの女王様。飲み過ぎか。

ハバースウェイトで15分くらい停車の後、再び汽車でレイクサイドまで戻る。帰りの船では1階のベンチに腰掛ける。風もなく日差しが注いでくると喉が渇いてくる。何かを飲みたそうにしている家内達の顔を見て、地階の売店でビールを買ってくる。素晴らしい景気を見ながらのビール、さぞかしうまっかったことだろう。ドライバーの私はダイエットコークだ。

他の遊覧船も到着。 やはりビールでしょ!

5時過ぎに桟橋まで戻ってきた。今回、湖水地方の観光を検討していた時に、湖水地方には何カ所ものビール醸造所があることを知った。いわゆる地ビールだが、ほとんどの醸造所にはレストランやバーが併設されている。そこでビールの試飲を兼ねて夕食をとることを計画した。家内のチョイスで、Coniston Brewery に向かう。ボウネスから見るとウィンダミア湖の向こう側で、陸路で約1時間の小さな町、コニストンにある。

コニストン・ブリュアリーに到着。併設のレストラン。 裏が醸造所になっている。

コニストン醸造所は1995年に操業開始した家族経営の醸造所だ。レストランとホテルを併設していて、おいしい料理を食べながら出来たてのビールを味わうことができる。私達はチキン料理とスカンピ(車エビのフライ)を注文し、家内達は地ビールを堪能する。観光客らしい客は私達だけのようで、地元の家族連れが三々五々にやってくる。あちらこちらでスカンピを注文する声がしていた。

チキンやスカンピ、ポテトで夕食です。 コニストンの街並み。

7月31日 水曜日 ランカスター経由でロンドンへ

今朝も早くに目が覚めてしまったので、グラスミアの町をゆったりと散歩する。外国のこんな小さな町を再訪するとは夢にも思わなかったが、また再びは多分ないだろうから見納めというところだ。山裾は朝靄に包まれ、まもなく深い眠りから覚めようとしているようだった。

朝靄の中のグラスミア。 牧草は朝露に濡れていた。

このホテルの朝食はフルイングリッシュ・ブレックファストなのだが、昨日はテーブルに並んでいたものを取ってきて食べた。夏の繁忙期はビュッフェなのかな、と勝手に思っていたからだ。ところがこれは完全な誤解で、昨日のはあくまでフルイングリッシュ・ブレックファストの一部で、メイン料理は着席してからオーダーすることになっていたのだった。昨日もボーイが注文を取りに来たが、その時はそうとは知らず既に満腹だったので断ったことを思い出した。今日は余裕をもって注文する。豆料理と肉料理、それに卵焼きがつく。

通りにあった標識。 これがそろってフルイングリッシュ・ブレクファスト。

今日は車でランカスターまで行き、そこから列車でロンドンに向かうことになっている。列車に遅れては大変なので、余裕を持って9時前にホテルを出発する。約80キロの道のりだ。

ランカスターはかつてランカスター家が統治していた都市で、ランカスター家とヨーク家が争った「バラ戦争」でも知られている。レンタカー会社の事務所は街の郊外にあるので、そこで車を返しタクシーでランカスター駅に向かった。列車は11時38分発、ロンドンのユーストン行きだ。駅のキヨスクで昼食を買ってから駅の構内に入る。

ランカストー駅前。 ちょっとコーヒーブレイク。

イギリスの列車は定刻運行しないという風説はいつ頃できたのだろう。来るには来るがいつかは分からない、という時代があったらしいのだが、今はほぼ定刻で発着している。私達が乗る列車も定刻にやってきた。荷物を積み込み、指定された座席に座ると用意したサンドイッチを食べ始める。これがなかなかの美味で、車窓の美しい風景を見ながら完食した。

きれいな列車。 キヨスクで買ったサンドイッチで昼食。

ユーストン駅には午後2時過ぎに到着する。約2時間半の短い列車の旅だったが、雰囲気は味わえたと思う。駅からはタクシーでホテルに向かう。タクシー乗り場は駅の地下にあり、ちょっと分かりづらいが台数が多かったので待たずに乗ることができた。

この列車でロンドン到着。 ユーストン駅のプラットホームで。

ロンドンではホリディイン・メイフェアに泊まる。リッツホテルの近くで、バッキンガム宮殿にも歩いて10分ほどで行ける好立地のホテルだ。地下鉄グリーン・パーク駅にも近く、周りにはスーパーマーケットも数軒ある。後で分かったのだが、ロンドン一の繁華街、ピカデリー・サーカスにゆっくり歩いても30分ほどで行くことができる。

ホリデイイン・メイフェア・ロンドンの入口。 ロンドン到着。乾杯!

ホテルには午後3時頃に着くことができた。時間があったので、荷物を置いてバッキンガム宮殿を見に行くことにした。グリーン・パークを通って、ビクトリア女王記念碑のところまで行く。夕方近くなので観光客はあまり多くなかったが、明後日の衛兵交代式の時は殺人的に混むことだろう。

二人の後ろがバッキンガム宮殿。 ビクトリア女王記念碑。

今夜はミュージカルのマンマミアを見ることになっていた。開演は午後7時45分だが、少し早めに出て途中で夕食をとることにした。地下鉄でコベント・ガーデンまで行き、そこから劇場まで歩く。コベント・ガーデンのロイヤル・オペラハウス周辺はもの凄い人出で、人波をかき分けて進む。夕食はイタリア風レストランでスパゲッティなどで済ます。開演まではまだ少し間があったので、テムズ川を見に行くことにした。ウォタールー・ブリッジからはロンドン・アイやビッグ・ベンなどが遠くに見え、川面には沢山のボートが停まっていた。

テムズ川。 遠くにロンドン・アイなどが見える。

遊覧船などが係留されていた。 少しお疲れの二人。

ノベッロ・シアターのチケット・ボックスで予約していたチケットを受け取り、劇場の中の列につく。今夜の演目はマンマミアだ。もちろん日本語の字幕などはないが、日本で何回か見ていたのであらすじは分かっている。席は中程の最も見やすい場所なので、役者の息づかいまでが聞こえてくるようだ。アバの軽快な音楽に合わせて、ストーリーがテンポよく進んでいく。やはり生はいいものだ。

この劇場でミュージカルを鑑賞。 ここは撮影禁止でした。

ミュージカルを堪能して、タクシーでホテルに戻る。明日は一日ロンドン市内観光だ。

8月1日 木曜日 ロンドン市内観光

ガイドの坂本さんが9時に迎えに来てくれた。坂本さんはロンドン在住20年以上の日本人で、今日は一日市内観光を案内してくれる。早速地下鉄に乗って、ウエストミンスター寺院に向かう。ウエストミンスター寺院やビッグ・ベンがある国会議事堂などは、地下鉄ウエストミンスター駅で下車して目の前だ。

地下鉄に乗ってウエストミンスター寺院を目指す。 地下から地上に出れば、そこは観光の中心地。

地下鉄から地上に出ると、そこは政府関係機関が林立していて日本の霞ヶ関のようだった。豪勢な国会議員宿舎、財務局、国税局などのビルが立ち並んでいる。特に議員宿舎の豪華さは、最近立て直した日本の国会議員宿舎の豪華さを思い出させてくれた。どこの国の議員も自分のことには金を惜しまないようだ。

ビッグ・ベンの勇姿。逆光ですが。 豪華な議員宿舎。

財務局と国税局が入っているビル。 ネルソン・マンデラの像が立つ広場。

いよいよウエストミンスター寺院だ。女王の戴冠式、王子の結婚式、あるいはダイアナ妃の葬儀などもここで行われている。歴代のイギリス王がこの教会の中で眠っている。Westminster Abbey というように、ここは元々は大修道院であったが、歴史の流れの中で、イギリスで最も格式の高い寺院となった。

ウエストミンスター寺院の増築部分が見える。 寺院の正面。

小平・小金井合同英国視察団。 教会への通路。ここまでは写真可。

ウエストミンスター寺院を見た後は、船でテムズ川をさかのぼりロンドン塔に行く予定だった。しかし、ボート桟橋に行って驚いた。チケート売り場は乗船券を買い求める観光客の長蛇の列。ボート乗り場にも大勢の人が乗船を待っていた。これではいつロンドン塔に行けるか分からない。早々に断念して、地下鉄で行くことにした。

地下鉄のタワー・ヒル駅で降りと、ロンドン塔は目の前だ。チケットを購入して、早速入場する。今日はロンドンにしては暑く、気温は30度くらいだろうか。暑くて日なたにはいたくないが、城の中の建物にでもはいらないと日陰は少ない。

ロンドン塔。 日陰が欲しくなるほどの暑さでした。

ロンドン塔、Tower of London は元々は城だったが、近世史の中では高貴な人々の幽閉や監禁、処刑のために使われてきた。坂本さんの案内と解説で塔内を見て回る。この塔はイギリス近世史の暗い部分を数多く担って来たのだが、一方でかつては動物園があったり退役軍人の居住区があったりと多彩な面も併有している。だからガイドなしでは何も分からずに終わってしまうだろう。

塔内に入る。 重罪人が船でここから運び込まれる。生還することはなかったそうだ。

スコットランドのメアリー女王もこの城で断首されている。ここで死んだ貴族は数知れない。一方で城内には宝物殿があり、女王の現役の王冠が展示されている。王冠、錫、玉といった三種の神器(王の証)が展示されていて、戴冠式などがあるとここから搬出される。また、城内には退役軍人用の施設があり、退役軍人の中でも特に優秀な人がこの城内で生活している。彼らは「ビーフイーター」の愛称で親しまれている。

メアリー女王が処刑された場所。円盤の中央に布団のような形の物がある。斬首の際に首を載せた物を模したのだろう。 塔内にあるビーフイーター達の住まい。

城内には彼らのための宿舎はもとより、病院や日用品販売店、バーまである。坂本さんが宝物殿は必見だというので、炎天下の長蛇の列に加わった。果たして王冠は素晴らしく、素晴らしいダイヤの輝きが王の権威を世界の隅々まで知らしめているようだった。

ビーフイーターと記念撮影。 宝物殿に並ぶ人々。

外から見た塔。 塔の外に出て記念撮影。

澄み切った青空の下で塔を見ていると、凄惨な過去を想像することが難しい。光に溢れた風景と陽気な観光客、現代の庶民に生まれたことに大いに感謝しなくてはならないだろう。

ロンドン塔の後は、本日最後の観光地、大英博物館に向かう。地下鉄で行くには乗り換えが多いので、バスで行くことになった。バスは2階建てで、私達は乗車するとすぐに2階に上がった。ほどなく、博物館の前でバスは止まった。

後ろにタワーブリッジが見える。 大英博物館の正面。

博物館の中は涼しかった。巨大な施設なので、ガイドをお願いしないと短時間で効率的に回ることはできない。エジプト、メソポタミアなど、世界史の教科書でしか見たことのない歴史的遺物が所狭しと陳列されている。ロゼッタストーンや夥しい数のミイラなども陳列されている。マグナカルタの現物を楽しみにしていたが、坂本さんがあれは国立図書館の収蔵物と教えてくれた。図書館の改修期間中に、一度的に博物館にあったのだそうだ。

ガイドさんがエジプトのネコ象を説明してくれる。 新しくできた展示室。

ロンドンには数え切れないほどの見所があるが、今回はウエストミンスター寺院、ロンドン塔、大英博物館の3つにとどめた。沢山見てもいずれ忘れてしまうし、こちらの体力の問題もある。見学はここらでお開きにする。ピカデリー・サーカスまでバスで戻り、ロンドン三越に案内してもらった。ここでお土産を購入して、ガイドの坂本さんと別れた。

観光客でごったがえしている。 ロンドン三越に行く。

この日の夕食は坂本さんお薦めの中華料理店に行くつもりだった。しかし、一日歩き回って疲れたので、近くのスーパーで買い出しをしてそれを夕食にした。マカロニサラダや寿司、カップヌードルなどの簡単な夕食だったが、美味しく頂いた。明日はパッキンガム宮殿を訪ねる。果たしてロイヤルベービー・グッズは手に入るか。

8月2日 金曜日 アフタヌーン・ティー

近くのスーパーが6時半に開くというので、家内と朝食の買い出しに行く。こんな早くからスーパーが利用できるのはうれしい。通りには通勤と思われる人の姿がちらほら見られた。

スーパーの前で。 今日の朝食。

バッキンガム宮殿は女王が不在の時に一番公開される。丁度我々とは反対に、女王は月末からエジンバラのホリールード城に移っている。暑いロンドンではなく、涼しいエジンバラで仕事を続けるためだ。女王が不在の間、一般市民は宮殿内を見学できるのだ。入場券はすでにインターネットで購入していたので、チケットボックスでそれを受け取り、入場の列に並ぶ。

宮殿入り口で順番を待つ。 見学コースの終点。

宮殿内は撮影禁止なので写真はない。実際に使っている応接間や広間、食堂などを順に見て回る。普段は女王を始め、各大臣や各国政府首脳だけが入場を許される場所ばかりだ。ゆっくり時間をかけて各部屋を見ていく。庭への出口で見学が終わる。退出門の途中にロイヤルコレクションのお土産屋さんがある。ロイヤルベービー・グッズはないかと見て回るが、その関係のものは何もなかった。聞いてみると、現在製造中で2週間後には入るらしい。残念。

宮殿内の広い庭。 宮殿裏側の全景。

宮殿内の見学を終えて外に出ると、時刻はまもなく11時半になろうとしていた。11時半からは宮殿前で衛兵交代式が行われる。私達は急ぎ足で宮殿の正門前に向かった。丁度セント・ジェイムズ宮殿の方向からこちらに向かってくるところで、もの凄い人波をかき分けて見えるところで進んだ。

衛兵の行進が始まった。 広場に衛兵達が行進してくる。

この時期、衛兵交代式は偶数日に行われる。昨日は奇数日で行進はやっていないから、是非今日はという人も大勢いただろう。歩道はすべて人で埋め尽くされ、立錐の余地もなくなった広場の中を衛兵達が行進してくる。

音楽隊が先行して行進。 音楽隊の後ろを騎馬隊が続く。

騎馬隊の勇姿。 行進が終わったので人波が去っていく。

衛兵交代式を何とか見た後は、いったんホテルに戻る。これから着替えてリッツのアフタヌーン・ティーに行くのだ。リッツのドレスコードは厳格で、ジャケットを着てネクタイを締めて行かなくては入室ができない。午後1時半が私達の予約時間だ。ホテルの待合室にはすでに大勢の人がいて、開始の時間を待っていた。ここのアフタヌーン・ティーはとても人気があり、数ヶ月前までに予約しないと席が取れない。私も4ヶ月前に予約していた。やがて案内されて席に着く。

正装して、いざリッツへ。 やや緊張気味の二人。

私達の誰もがこんな立派なアフタヌーン・ティーは初めてだ。多分そういう客が実際には多いのだろうが、雰囲気に飲まれて他の人が誰も金持ちに見えてくる。アフタヌーン・ティーの食台は3層になっていて、1階はサンドイッチ、2階はスコーン、3階はケーキとなっている。2階のスコーンは焼きたてを食べるために、始めは盛られていない。各階、どれもいくら食べてもいいのだが、1階から順に食べていくのが原則のようだ。

このためだけに日本からブレザーを持参した。 三層になっている台。

紅茶は紅茶専用メニューで選ぶことができるが、私は紅茶党ではないのでどれがいいのか分からない。それでリッツお薦めという紅茶を頼む。銀の茶器に入った紅茶が出され、少し濃くなったとき用にお湯が添えられているが、濃くなった頃を見計らって新しい紅茶が出てくる。

お上り丸出しで写真を撮ってもらう。 リッツお薦めの紅茶を頂く。

ケーキは3種類。いくつでも食べることができる。暫くするとデザートというかお口直しというか、別の種類のケーキが3種類出てきた。もう完全に満腹状態だったが、折角なので一つずつ取って少しずつ味見する。とても美味しい。

3種類のケーキ。 これらがデザート。

このティールームは宮殿のような作りと装飾が施されていて、豪華な気分を盛り上げている。皆さん昼抜きで来ているのか、健啖家なのか、2時間の食事時間中食べ続けていた。私達は座っているのも苦痛なくらい食べてしまった。

無題。 豪華な室内。

圧巻はホテルのトイレ。案内のまま2階の階段を上っていくと、何やら豪華な部屋。よく見れば便器があるので、ここがトイレらしい。それにしても豪華すぎるトイレだ。女性用はこれよりもさらに華やかで豪華だったと家内が教えてくれた。帰りに何か記念にでもと土産コーナーを覗くと、ここで完全に打ちのめされた。ガラスの陳列台には一つ数百万円から数千万円のネックレス、指輪などが並べられていたのだった。

トイレへの階段。 男性用トイレの内部。

一時夢のような時間を過ごしたが、ホテルに帰ると現実の世界に戻った。時間はまだ3時半。ロンドン・アイにでもいくかと尋ねたが、それよりもお買い物を家内は選んだ。ハイ・ボーン・ストリートにある家庭用品店に行きたいとのことだった。食欲の次は物欲と分かりやすい展開に反対できるはずもなく、直ちに同意してタクシーでその店に出かける。すぐにお目当ての店は見つかり、自分用のお土産を購入していた。

さあ買い物だ! 落ち着いた街並みだった。

アフタヌーン・ティーで満たされた胃袋も段々に元気を回復していたが、どこかのレストランに行くまでは回復していなかった。そこで近くのスーパーや韓国人経営の日本食の店「わさび」でテイクアウェイして、イギリス最後の夕食にすることにした。家に着くまでが遠足だが、とにかくここまで無事に旅ができたことに乾杯!

今日のディナー。 打ち上げで乾杯!

8月3日 土曜日 いよいよ帰国

ホテルから空港までは色々な交通手段があるのだが、今回はタクシーで行くことにして前日に予約していた。6時過ぎにはロンドンのヒースロー空港第4ターミナルに到着する。早めに着いたので、空港内でVAT(観光客用の税金還付請求のこと)の手続きをした。アムステルダム行き KL1002便は予定通りヒースロー空港を飛び立ち、アムステルダムのスキポール空港に定刻に到着した。

ヒースロー空港の駐機場 ヒースロー空港は巨大な空港だ。

待ち時間がたっぷりあるので、ここで昼食をとる。ラーメンにビールという最高の組み合わせだ。この空港を利用する日本人がいかに多いかを想像させられる。でも助かるが。

スキポール空港で飲むキリンビール。 醤油ラーメン。

しかし、ここで問題勃発。アムステルダムのスキポール空港で乗継ぎ便を待っている私達に、飛行機は機材故障で変更されるとの放送が流れる。本来の出発時間は14時55分だったが、機材変更のために3時間程度遅れるとのことだった。

遅延のお詫びとしてオランダ航空から5ポンド相当のミールクーポンが出た。クーポンは早速ビールに早変わり。どこでも、何が起きてもビールのお二人だった。まあ、私達はこの先の乗継ぎはないので何時間遅れても飛ぶ限りは問題ないが、成田で乗り換えを予定していた人には大きな問題だったろう。飛び立ってからの機材故障でなかったことに感謝。

何が何でもビールの二人。 秘密めいた車が飛行機に積み込まれていた。

8月4日 日曜日 無事に帰国

KLM861便は予定より2時間遅れて、10時45分に成田に到着した。成田エクセルホテル東急のシャトルバスでホテルに行き、止めておいた車に乗り込む。夏休みの日曜日にも関わらず、途中の道路はたいした渋滞もなかった。義母を小平の自宅まで送り、我が家には午後3時過ぎに到着した。自宅に着くまでが遠足、が終了した。 事前の準備には相当の時間をつぎ込んだが、終わってしまえば7泊9日はあっという間だった。さてさて次回はどうなるやら。

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